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Destination Beside Precious

第14章 11.Boys and Girls



「絶対もう髪の毛乾いちゃったでしょ」
乱れた髪や服を整えながら汐は少し不満げに声を上げた。

「あー…、乾いた」
「せっかくあたしが乾かしてあげようと思ってたのにー」
そう言いながら汐は三面鏡のドレッサーにあるドライヤーを示した。

「また泊まりに来るから。その時に頼む」
旅行に行った時から汐はやたら凛の髪を乾かしたがる。
毛繕いをする猫か、と茶々を入れたくなるがそこは黙っておこう。

「わかったー。あ、凛くんのジャージ、乾燥機に入れておいたから多分もう乾いてるよ。どうする?ジャージに着替えてく?」
「着替えてく。私服で寮に戻ったら間違いなく詮索地獄にあう」
「そうだね」
ぴょこんとベッドから降りると、ついてくるように促した。
素肌が露になった上半身にパーカーを着ると、汐の後に続いて廊下に出る。
裸足で歩いても床が冷たくないことに季節の移り変わりを感じた。


「なあ」
「んー?」
乾燥機にかけられたジャージに着替えた凛は汐に話しかける。

「お前の家、すげぇ広いけど部屋ってどうなってんだ?」
凛の素朴な疑問。
たくさんのドアが廊下に面している。その内、実際に入ったことがあるのは片手で数えられるほど。
他のたくさんの部屋の用途が謎だった。

「どう?うーん…あ、ここ音楽室」
「は?音楽室?」
一瞬耳を疑う。ここは学校ではないはず。
重たげな両開きの扉を汐が開けると、凛を通す。
そこで目に飛び込んできたのは、一般人は学校以外で目にすることはまず無い、黒く美しいグランドピアノ。

「俺、学校以外でグランドピアノ見たの初めてだ…」
呆気に取られている凛の横で汐は革張りのソファに座った。

「汐、お前ピアノ弾けるのか?」
「ピアノ?んー、ちょっとだけね」
「聴いてみてぇ」
「いいけど、下手だし本当にちょっとだけだからね?」
「間違いなく俺より上手いから安心しろ」
そうかもしれないけどー、と言いながら汐は椅子に腰を下ろし鍵盤蓋を開ける。
簡易的な演奏だから屋根は開けなかった。

「じゃあ、聴いてててね」
一呼吸の間を置いて、汐の演奏が始まった。

情感たっぷりに響く旋律。静かに揺れる水面とそれに映る月を彷彿とさせる。音に優雅な質量を感じる。
ベートーヴェン作曲、月光第1楽章。

下手と言っていたが謙遜しているだけではないか、凛がそう思い始めたとき、ふいに演奏が止まった。
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