Destination Beside Precious
第3章 1.The Honey Moon
「ただいまー」
サンダルを脱いで靴箱にしまうと、汐は家に上がった。
すぐ左の扉を開けると私服に着替えた夏貴がソファに座っていた。
「おかえり姉さん」
「ただいま夏貴」
扉が開くと、夏貴がすぐさま振り向き声をかける。
先程凛に向けていた凍てついた表情と声は見間違いではないかと思われるような、汐に似たやわらかな笑みと穏やかな声で姉を迎え入れた。
「夕方だけど外暑かったでしょ。はい、これ」
「ありがとう。…レモン水?」
帰宅してソファに腰掛けた汐と入れ替わるように夏貴はキッチンに向かったかと思ったら、手早くレモン水を用意して姉に出した。
「そう。前に姉さんが帰ってきた僕に外暑かったでしょって出してくれたもの。レモンには疲労回復の効果があるんだよね?」
「そうそう!覚えててくれて嬉しいな」
弟の気遣いが嬉しく笑顔を浮かべると、再び表情をやわらかくした夏貴が汐の隣に腰を下ろした。
今日の出来事などの内容でしばらく会話に花を咲かせていると、時刻はあっという間に18時を過ぎていた。
「夏貴晩ご飯どうする?今日お母さんは?」
「あの人なら昼に出掛けて夜遅くなるって言ってた」
「そう」
仕事で家を空けがちなのはいつものことだから、特に気にすることも無く汐は流した。
「一緒に作ろうよ」
「いいよ。なにがいい?」
夏貴の声を背中で受けながら汐はキッチンに向かい棚を開ける。
ツナ缶を見つけた。その隣にパスタもあった。
汐の後を追ってきた夏貴も冷蔵庫の中身を確認した。
「姉さん。ささ身あるよ、鶏ささ身。あと梅干しと大葉も」
「あ、それあるならパスタにする?」
夏貴が嬉しそうにささ身を取り出すから汐はそっとツナ缶を元に戻す。そしてその隣のパスタを手に取る。
続けて調味料が収納してある棚を開けてオリーブオイルがあるのを確認した。
「いいね。せっかくだし冷製パスタにしようよ」
「じゃ、そうしよっか」
鍋を用意して火をかける。パスタと鶏ささ身を茹でる準備を始めた。
隣で夏貴はレモンを切って手際よく搾りはじめた。
「そういえば夏貴は高校どうするの?」
「...まだ決めてない」
決めてない、というよりは選んでないと言った方が適切だった。
レモンを搾る手を止めずに夏貴は続けた。
「県外の推薦は全部蹴るよ」
「じゃあ県内の高校にするんだ」