Destination Beside Precious
第13章 10-2.Don't Leave One Alone Ⅱ※
先に降りた凛の手を借りて汐もバスから降りる。
顔を上げると、そこには一面の砂浜が広がっていた。
凛と汐がこの日最後に訪れた場所は海だった。
須佐之男命から国を引き継いだ大国主命が高天原からの使者である建御雷を迎えた国譲りの神話が根付く有名な場所だ。
この地域は旧暦の10月、一般的には神無月と呼ばれる時期を神在月と呼び、この浜は神議を行うために全国から八百万の神を招く場所でもある。
冬を越して春が訪れた日本海。
海に宿る神の魂は荒御霊になることなく鎮まりかえり、和御霊として穏やかに凛と汐を迎え入れた。
水面は凪ぎ、風も落ち着いている。
流れる雲は夕日を朧げにさせ、そこから漏れる橙は薄くなった青空に繊細なヴェールをかけていた。
「なんとか間に合ったな」
「間に合った?」
安心したように零された凛の呟きに汐は反応する。
「日没までに、って意味だ」
草履では砂浜に入ることができないから、ふたりは並んで近くのコンクリートに腰を下ろす。
「岩鳶で見る海とここで見る海、何か違うね」
神話が根付く浜である。荘厳で神聖な空気を感じとる。
「まあここは神話の舞台になるような海だからな。…けど海は繋がってる。東に行けば岩鳶があるって思ったらなんか親近感わかねぇか?」
「そうだね。海は、どこへでもつながっているもんね」
「なあ汐、あれ見ろ」
凛の声に西の空を見つめると、今まさに真っ赤な夕陽が日本海の水平線へ沈もうとしていた。
水面は空の青と夕陽の橙を吸収し、また鏡のように反射させ、きらきらと輝いている。
あたりに響くのは波が打ち寄せる音のみ。
凛がそっと汐の手を握る。
ふたりは終始無言で去りゆく夕陽を眺めた。
どれくらいそうしていただろうか。
とても美しい景色だ。橙から藍に移りゆく空に吸い込まれてしまいそう。
凛が見せたかったのは、この夕暮れから黄昏に変わる時間の海と空だった。
潮の香を含んだ風が吹き抜ける。
「汐」
「ん?」
呼ばれて向くと、触れるような柔らかさで唇を重ねられる。
唇を離し、余韻を感じながら見つめ合うと、ふたり同時に表情を崩す。
「帰るか」
「そだね。少し冷えてきたし」
春の夜はまだ冷える。
1日の観光の終わりに素晴らしい景色を見れて、癒しの時間を過ごせて満足な思いだった。
ふたりは幸せそうな笑顔を浮かべて立ち上がり手を繋いで歩き出した。