Destination Beside Precious
第13章 10-2.Don't Leave One Alone Ⅱ※
「Is she Rin's girlfriend?(彼女は凛の恋人なの?)」
携帯を返しながら彼らは凛に訊ねた。
girlfriendという単語の意味は解る。ここは自分が返事をするところなのか、咄嗟に英語が出てこず慌てふためく汐の腰を凛が抱いた。
「Yes! She is Shio. My lover.(ああ!彼女は汐。俺の恋人だ)」
「Ah, just as I thought! It's Seishun!(ああ、やっぱりそうなのね!セイシュンだわ!)」
「She is so cute!(とっても可愛い恋人だね!)」
何故か自分のことのように楽しそうに笑う彼らに汐は少し戸惑う。
ネイティブの発音の中で唯一聞き取れたのは、〝青春〟という言葉のみ。思い切り日本語だ。彼らはどこで覚えてきたのだろう。
「ね、凛くん。なんて言ってるの…?」
言葉が伝わらないことはこんなに不安になることだとは思わなかった。
汐は凛の着物の袖口を引いて訊く。
「ん?あぁ…、お前が可愛いってよ」
「ほんとに?」
「ほんとだって」
もう1組のカップルには通じない日本語で凛と汐は話す。
その仲睦まじい様子を眺めていたふたりは、頃合を見て声をかけた。
「Rin! Shio! Nice meeting you.(凛!汐!きみ達に会えてよかったよ)」
「Have a good Trip! Bye!(旅行を楽しむのよ!じゃあね!)」
「So do I! Thanks! Bye!(俺も会えてよかったよ!ありがとう!じゃあな!)」
「汐、眠いのか?」
窓の外をずっと眺めていた汐に凛は声をかけた。
「少しね」
「寝てていいぞ」
そう優しく言った。凛だって1日中歩き回って疲れているはずなのに。
「ん、いいや」
寝てしまったら、凛と過ごす時間が勿体ないから。
声に出さなかった想いを乗せて汐はそう返す。
「そうか」
後に続く言葉の代わりに凛は汐の手を握った。
凛の手は、温かい。
このぬくもりを手放したくない。手を伸ばせば触れられる場所にずっといて欲しい。
そんな思いがこみ上げる。胸が詰まるほど。
けれどそうとは言えず、代わりに少し強めに手を握り返すだけ。
凛と汐の間に優しい沈黙が訪れた。
心地良い程度のバスの揺れと共に、束の間の穏やかなひとときをふたりは過ごした。