Destination Beside Precious
第12章 10.Don't Leave One Alone Ⅰ
「凛さん!」
「ん?なんだ?」
夏貴に呼び止められた凛は振り向く。そして驚いた。
ただならぬ雰囲気を感じ取って凛は気が引き締まる。
「僕とフリーの100で勝負しろ!」
「は?なんだよいきなり」
「…」
夏貴は理由を語らなかった。少女のような愛らしさのある唇は言葉を放つことなく固く結ばれていた。
じっと夏貴の瞳を見つめる。
互いに目をそらさずに睨み合う。一触即発の兆しを感じ取った部員が仲裁に入ろうとしたとき、凛は口を開いた。
「…売られた勝負は買わねぇわけにはいかねぇ。いいぜ、勝負してやるよ。岩清水!スタート!」
「えっ!?あっ…、はいっ!」
岩清水にスタートを任せて凛はジャージを脱ぎ捨てスタート台に上がる。
凛は、夏貴の闘志を買った。夏貴の目は本気だ。いつも凛に見せる絶対零度ではなく、確かな熱を宿していた。
夏貴から冷たい敵対心ではなく、熱い闘争心を感じ取った。
それは凛のアスリートとしての本能を揺さぶり勝負へ誘わせた。
凛に続いて夏貴もスタート台にあがる。
そしてスタートの姿勢をとった。
雑念を振り切りスタートのホイッスルにのみ意識を集中させる。
「位置について…よーい…」
岩清水が放ったスタートのホイッスルで凛と夏貴は同時にスタート台を蹴る。
リアクションタイムに大きな差はなかった。
だがスタートが得意なのは凛のほうで、ストローク開始時に夏貴がリードを許していた。
ほぼ自己ベストと同じタイムで先行する凛を夏貴が追うという展開でターンに入る。
ふたりの気迫に気圧された部員は固唾を飲んで勝負の行方を見守る。
残り25mを切ったところでリードする凛がダッシュに入った。
それに追いすがろうと夏貴もスパートをかける。
鋭い水飛沫を上げながら白熱する勝負に、部員達は無言でその結末を見守った。
先にゴールのタッチを決めたのは凛だった。
凛に続いて夏貴もゴールする。
勝負は、凛の勝ちだった。
「あいつ、本当に新1年かよ…速い…」
ほぼ自己ベストタイで泳いだ凛に追いすがる夏貴を見ていた部員のひとりが驚嘆の声を上げた。それと同時に小波のような拍手が起こる。
それは、部で1番速い凛に食らいつく新1年の夏貴の勇姿を讃える拍手だった。
勝負を見つめていた部員の胸に夏貴の泳ぎは鮮明に刻み込まれた。
夏貴は肩で息をしながら水面を見つめていた。