Destination Beside Precious
第12章 10.Don't Leave One Alone Ⅰ
(負けた…)
荒い呼吸を繰り返しながら夏貴は目を伏せた。
なぜこんな勝負を挑んだのか。それは、心のどこかで凛と大好きな姉である汐の交際を認めたくない自分がいたからだった。
佐野SC時代の話を聞いて、夏貴は凛に憧れを抱いていた。
しかし、そんな憧れの人は自分の1番大切な姉の1番大切な人で。
内心とても複雑だった。
凛と出会ってから姉は変わった。どんどん遠い存在になってしまう気がした。
どうして姉はこんなにこいつのことが好きなのか。自分の憧れは間違っていなかったのか。こいつは本当に姉にとって相応しい相手なのか、それを確かめたかった。
そして結果は、凛の勝ち。
全力で泳いでも適わなかった。
悔しい。
凛は間違いなく自分よりも格上だということを思い知った。
「夏貴」
自分を呼ぶ声に夏貴は顔を上げた。
見ると、自分に手を差しのべる凛の姿。
躊躇いがちにその手を取ると、プールサイドに引き上げられた。
(…僕なんかじゃ、この人には、適わないな)
力強い手。姉を支えるのに相応しい、男の手。
夏貴は生まれて初めて、自分の完敗を認めざるを得なかった。
「…負けました。流石、やっぱ速いっすね」
憑き物が落ちたようにさっぱりとした声で笑顔を浮かべながら目を伏せる。
「夏貴、お前もな。2つ下とは思えねぇ」
凛がそう言うと、ふたりの勝負を見守っていた部員達が夏貴に駆け寄り肩を組んで声をかけた。
爽やかな笑顔を見せながら凛は右手を掲げた。
ゆっくりと夏貴はそれに応じると、乾いたハイタッチの音が響く。
唐突に姉から聞いた凛の姿が甦る。
今までそれを否定してきたのだが、今なら肯定できる。
「凛さん。姉さんがあんたのこと大好きなのも肯ける。…これから姉さん共々僕をよろしくお願いします」
「ああ」
とても感動的な場面だったはず。それなのに部員達は静まり返る。と、思いきや次の瞬間には凛が彼らに囲まれていた。
「松岡!お前汐ちゃんと付き合ってたのか!?」
ばつの悪そうな凛の顔。状況が呑めない夏貴は訝しげに声を上げる。
「え、みなさん知らなかったんすか…?」
「知らねーよ!初耳だ!!」
「俺達の天使が鮫の悪魔のものだとか信じたくねぇ!」
叫ぶ部員に凛は鮫の悪魔呼ばわりにされた。
そんな様子を見て夏貴は表情を柔らかくした。
ここが自分の新しく生きてく場所だ、と。