Destination Beside Precious
第12章 10.Don't Leave One Alone Ⅰ
夏貴が着替え終わるのを待って凛はプールへ案内する。
夏貴は凛の3歩後ろをついて歩いていた。
「特待生ってお前のことだったんだな、夏貴。知らなかった」
「姉さんから聞いてない、とでも言いたいんですか?まあそうでしょうね。姉さんには誰にも言わないでって言っておきましたから。…こんなことで姉さんと喧嘩しないでくださいね」
「こんなことで喧嘩なんてしねぇよ」
会話をしながら凛はこっそり溜息をついた。
声変わりを迎えてなお少年のような響きを残す夏貴の声は険がむき出しだった。
別の言い方をすれば、敵対心に満ちている。
いつか汐が、夏貴は凛のこと嫌いなんかじゃないと言っていたが、この態度では汐が取り繕ったようにしか思えない。
新たに部長に任命されての初仕事がこれでは前途多難であると凛は頭が痛い思いだ。
夏貴と、上手くやっていけるかどうか不安だった。
プールへ続く扉を開けると既に部員が整列をして凛を待っていた。
部員達に挨拶をしてから夏貴の紹介に入る。
「俺の隣にいるのは、一足先に練習に参加する新1年…特待生だ」
夏貴に目線をやり、自己紹介を促す。
「今日から練習に参加させていただく榊宮夏貴です。専門はフリーとブレです。よろしくお願いします」
無愛想に淡々と自己紹介する夏貴。
いくら人見知りでも本当に汐の弟なのかと疑ってしまう。
部員たちは〝榊宮〟という名前と夏貴の顔にざわめいた。
汐ちゃんの弟!?、やばいくらい汐ちゃんに似てるな!、男版汐ちゃんだな…、とひそひそと話す声を聞こえない振りをする。
しかしその反面、部員達が驚くのも理解できた。
凛も夏貴と初めて邂逅した時に同じことを思ったから。
「とにかく!特待生である夏貴と泳ぐことはお前達にとっていい刺激になるだろうから互いに切磋琢磨して高め合うように!以上だ」
声を張り上げた凛の言葉を皮切りに新体制になって初めての練習が始まった。
昨日の追い出し試合の疲労が抜けてないと思いきや、練習は熱の入ったものになった。
やはり特待生と呼ばれるだけあって夏貴の実力は他に引けを取らないものだった。
数年に1人の逸材だと言われてもなんら遜色ない。
時は満ち、それは唐突に起こった。
それは、この日の練習メニューをすべて終えて挨拶を交わし、各々自主練習なり片付けをしようとした矢先のことだった。