Destination Beside Precious
第12章 10.Don't Leave One Alone Ⅰ
水着の上にジャージを羽織った鮫柄の新部長の凛はひとりプールのエントランスに向かっていた。
今日から始まる新体制に、他の新1年に先駆けて参加する特待生を顧問に命じられて迎えに行く途中だった。
一昨日、昨日まで部長であった御子柴に予め新部長は自分だと明かされた。
その時に、新体制に入ってすぐ特待生が1人練習に参加するということも伝えられた。
特待生とはスポーツの推薦入試合格者のことで、部の基準タイムよりも厳しい合格ラインを課される。
それを余裕でクリアした数年に1人の逸材だと聞かされた。
しかし、名前は教えてもらえず終いだった。きっと見ればすぐ分かるだろうと言われて。
御子柴から伝えられたのはただひとこと、全中の自由形と平泳ぎの銅メダリストであり個人メドレーの金メダリストでもあるということだけ。
凛は不安だった。
その特待生をフォローするのは新部長である凛にとって最初に課せられた試練だ。
それだけ輝かしい実績がある人物であるから、多少なりとも強者故の傲慢を持っているだろう。
今いる他の部員は、彼からすると全員先輩にあたる。
今までとは違う環境に特待生は馴染んでくれるだろうか。
そんな不安を残しながら凛はエントランスに到着した。
顧問と特待生は既にいた。
凛はその特待生の後ろ姿を見た。
特別背が高いわけでもなく恵まれた体型でもないが、服の上からでも均整のとれた身体付きだということが見て取れる。
凛と同じように、さらさらと揺れる長めの髪は黄みの強い樺色。
同時に激しい既視感に襲われる。
凛の気配を感じた〝彼〟が振り返る。顧問が凛に声をかける。美しい茜を湛えた夕陽の瞳が凛を捉えた。
「な…っ!」
伝えられたことと、自分の記憶と、今の目の前に広がる光景がすべて一致した。
そしてそれを肯定するのは、夕陽の瞳を収めたアーモンドアイ。
「なんだ松岡、知り合いか?」
凛の反応を見た顧問が声をかけた。
「…いえ」
凛の答えを待たずに夕陽の少年が口を開いた。
「松岡、今日から練習に参加する特待生の榊宮夏貴くんだ。よろしく頼んだぞ」
「はい」
見ればすぐ分かる、と言った意味が分かった。
御子柴は凛と汐が交際していることに気づいていた。
公私を分けている凛を気遣って言わなかったのだろう。
改めて御子柴の凄さを凛は理解した。