Destination Beside Precious
第12章 10.Don't Leave One Alone Ⅰ
「あらあら。汐のダーリン人気みたいね?」
まさか〝鮫柄の赤い水着の人〟の恋人がすぐ近くにいるなど露も思っていないだろう女子たちはガールズトークを繰り広げる。
「うーん、凛くんがかっこよかったのは本当のことだしいいんじゃないかな」
汐が男子に人気なことに心中穏やかではない凛だが、汐の方は凛が他校の女子に人気なことに無頓着だ。
璃保は凛が少し不憫に思えた。
「正妻の余裕ってやつかしら?」
意地悪な笑みを浮かべながら汐を小突く。
汐はそんな彼女の揶揄いを軽く流しながら含み笑いを見せる。
「違うよ。全く不安が無いわけじゃないけど、どれだけ他の女の子に人気でも凛くんはあたしの彼氏さんだから。他の女の子には絶対あげないよ」
珍しく勝気に出る汐に璃保は口笛を鳴らす。
今の汐の言葉を凛に聞かせてやりたい気分だった。
隠れてにやける凛の姿が想像に容易い。
「強気な汐は新鮮でいいわね」
そう言いながら璃保はプールへ目を落とした。
なにやら鮫柄部員が3年と1.2年が別れて整列している。
空気が変わったことを感じ取り、観客が静まり返る。
鮫柄の世代交代が行われようとしていた。
「お前達、よく頑張ったな。今日で俺達3年は引退だ。これでもう思い残すことは無い」
御子柴の声が響く。
それから、どこの悪役だと突っ込みが入りそうなコメントがあって再び真剣な表情に戻る。
「松岡」
「はい」
「明日からお前が部長だ。うちの部を頼んだぞ」
「…はい」
控えめな拍手が起こる。
凛には驚いた様子が見られない。きっと予め聞かされていたのだろう。
代わりに、その端正な貌には不安と憂いを帯びた色があった。
「鮫柄の次の部長は凛みたいね。汐、何も聞かされてなかったの?」
「うん。あたしもびっくりしてる」
「そう。でも凛でよかったわ。きっと上手くまとめてくれるわよ」
「そうだね。頑張って欲しいな」
「アンタも部長の彼女になるのね。頑張って支えてあげなさいよ」
部長とは、その言葉どおり部のトップだ。
上に立つ者は自分だけの尺度で物事を判断してはいけない。
(凛くん、頑張ってね…)
これから凛は、自分のことだけを考えればいいというわけにはいかなくなる。
他の部員に弱音は吐けなくなるだろう。だから自分がその捌け口になってあげなければ、汐はそう思った。
汐は2階から神妙な面持ちの凛を励ました。