Destination Beside Precious
第12章 10.Don't Leave One Alone Ⅰ
「そっか。やっぱ凛くん頭いいね」
「んー、部活に熱中しすぎて勉強が疎かになってるとか言われたくねぇしな」
いかにも凛らしい応えに汐は笑顔を作った。
凛の言葉と父親に言われた言葉が重なる。
凛が自分よりも勉強ができるなんて分かりきっていた。
同じように部活をやって勉強もやっているのに、この差はなんなのだろう。
むしろ凛は選手で自分よりもはるかに疲労を感じている筈なのに。
小さなささくれのような自己嫌悪と劣等感が汐の胸をついた。
「汐。時間、いいのか?」
気づいたら電車の時間がすぐそこまで迫っていた。
この電車を逃すと次は20分後。
これに乗らなければ凛の帰りが遅くなってしまう。けれど見送ればあと20分凛と一緒にいれる。
ふたつの相反する意思に汐は目を伏せた。
(帰りたくない…)
汐は無言で凛に抱きつき縋る。
家に帰っても今日は夏貴はSCに行っていていない。
母親は帰ってきているだろうか。父親は家にいるだろうか。
「どうした?」
さっきから感じていた違和感を凛はこのひとことに乗せて汐に問うた。
汐はなにも答えない。
「家に帰りたくねぇのか?」
さすが凛だ。ぴたりと言い当てられて汐は無言で頷く。
「…俺が恋しいのか?それとも夏貴と喧嘩でもしたのか?」
元気がない汐を気遣って凛はすこしおどけてみせた。
そんな凛が可笑しくて、愛しくて、鼻の奥がつんとした。
「…どっちも!」
瞳に浮かんだ涙を悟られないように汐は凛の胸に顔を埋めたまま明るく答えた。
「今ので元気でた。ありがとう凛くん。家帰って夏貴と仲直りしなくちゃね!」
「お、元気でたか。そりゃよかった。俺に出来ることがあったら何でも言えよ?」
帰り際の挨拶はいつもおでこへのキス。
今日はそれの前に優しく唇へキスをしてくれた。
凛の優しさを胸にしまって汐は改札を抜けた。
ホームへ続く階段をのぼりながら、汐の瞳が涙で濡れる。
本当は夏貴と喧嘩なんてしていない。
家に帰りたくない理由は、自分への甘えだ。
片親の凛に、自分の家庭の話なんて出来ない。
こんなことで凛に迷惑をかけたくない。自分で解決しなくてはいけない問題だと思っている。
改札の向こうで自分を見送る凛に気づかれないようにこっそり溢れそうになった涙を拭う。
そして振り向いていつもと変わらない笑顔を作って愛しい彼にじゃあねと手を振った。