Destination Beside Precious
第12章 10.Don't Leave One Alone Ⅰ
リビングの扉を背にして夏貴は拳を握りしめる。
どうしてこうも両親は自分と姉を比べたがるのか。
評定平均4.0は人並みに勉強していて得られるものではない。
まして偏差値が68前後の進学校のスピラノでその成績を修めることは寧ろ賞賛に値するはずだ。
姉の何がダメなのだろう。
夏貴にとって姉の汐は、幼い頃から従順で優しくて弱音を吐かない、今も昔も変わらず〝憧れ〟の存在だった。
姉は仕事で家を空けがちだった両親の代わりに、今までずっと自分のできる範囲で家事だって担ってきた。
部活、家のこと、勉強、すべてにおいて一生懸命な姉の姿を両親は知らない。
そのことが腹立たしくて仕方がない。
両親が働いてくれているから自分たちが学校に通うことが出来ていて生活が成り立っていることは十分理解しているつもりだ。
事実、榊宮家は他の家庭よりも金銭的に恵まれていてとても裕福だった。
けれどその代償が、あれだ。
自分の周りの人が享受している当たり前の幸せは、お金では買えない。
夏貴は15の幼さでそれを目の当たりにした。
翌日、午後の部活が終わった後の時間を凛と汐はいつも通り一緒に過ごしていた。
日が長くなった午後6時は薄闇に包まれている。
行き交う人たちの喧騒から身を潜めるようにふたりは柱の陰に立っていた。
会話が一区切りついたところで、ふたりの間に僅かな沈黙が訪れた。
凛が愛おしそうに汐の髪を梳くと、ローライドガーネットの瞳が凛を見つめた。そしてやおら口を開いた。
「ねぇ、凛くん…」
「ん?どうした?」
いつもとは違う弱い声に、凛は少し屈んで次の言葉を待った。
「凛くんが嫌じゃなかったら教えて欲しいんだけど…」
「?なんだ?」
汐の瞳が仄暗く揺らめく。
昨夜の冷たい赤紫の瞳が頭から離れない。
「鮫柄も昨日修了式だったんだよね?」
「ああ、そうだが」
「…評定平均、いくつだった…?」
「は?評定平均?なんでまたそんなことを」
「ごめんね、何も訊かずに教えて欲しいの…」
成績表の下の方に記されている評定平均。凛はそこまで注視しなかったが、訊かれたからには答えようと昨日の記憶を辿った。
「…確か、4.8とかそんなもんだったような気がする」
評定平均4.8。ほぼオール5に近い数値である。
凛は鮫柄に編入してから成績は常に学年トップ10だった。