Destination Beside Precious
第12章 10.Don't Leave One Alone Ⅰ
「あ、姉さん。遅かったね」
「ちょっと着る服迷っちゃって」
父親は部屋着らしい服を嫌う。それを意識してるのか否か、夏貴はライトグレーのシャツに白いカーディガンを羽織ったスタイルだった。
汐は夏貴の服装と調和が取れるように、リブの入った薄手の白いタートルネックとブルーの花柄が上品なフレアスカートを選んだ。
姉弟並べば文字通り良家の令嬢と子息だった。
ふたりは階段をおりてリビングの扉を開けた。
「座りなさい」
両親に促されて汐と夏貴は席につく。
食事とは思えないほど重い空気を感じた。
それでもつつがなく夕食は進んでいった。
談笑をする両親に水を差すつもりもなく汐と夏貴は当たり障りのない返答をしながら皿と口の間でスプーンを往復させる。
今日のメニューはビーフシチューだった。
母親が作った夕食を食べるなんていつぶりだろう。自分や夏貴が夕食を作らない日は家政婦がやって来て夕食を作っている。
やがて食事が終わり、両親は赤ワインを嗜んでいた。汐が紅茶を飲み終えて席を立とうとした、その時。
「汐、今日で高校2年が終わりだな。進路は?」
「っ…」
鋭い矢のような父親の視線。汐がなにも答えられずにいると、有無を言わせない響きで成績表を持ってこいと言った。
その言葉に従い成績表を父親に差し出した。何も言わずに受け取り開くと、目を通す父親。
しばらくして口を開いた。
「評定平均4.0…B段階か。勉強が疎かになっていないか」
「…ちゃんとやってます」
勉強を疎かにしていない。いつもなら相手の目を見て言えるのに、父親には出来なかった。
「文転なんて考えていないだろうな?この成績だと国立医学部はおろか地方の私立医学部も厳しいぞ」
「…あたしは、」
後に続く言葉を呑み込む。
唇を噛み締め目を伏せ踵を返す。
「勉強してきます」
そう残して汐はリビングを後にした。
夏貴は姉の後を追おうと席を立った。
背後から聞こえるのは両親の会話。
「汐はダメね。夏貴みたいに文武両道まではいかなくてもせめて勉強が出来ればどんなにいいことか」
心無い母親の言葉。
それが自分の娘に向ける言葉だろうか。腸が煮えくり返るほどの憤りに襲われる。
夏貴は振り向き母親を睨みつける。
「あんたさ、母親のくせに姉さんのことなにも知らないんだね」
冷たい怒りを吐き捨てて夏貴もリビングを後にした。