Destination Beside Precious
第12章 10.Don't Leave One Alone Ⅰ
「ただいま」
部活が終わって帰宅をした汐は玄関に並ぶ靴に息を呑んだ。
夏貴の靴と母親の靴、それに加えて馴染みのない革靴が1足。
鼓動が走る。胸騒ぎがする。
恐る恐る汐はリビングに続く扉を開けると、そこには予想通りの光景が広がっていた。
「…お母さん…お父さん」
汐の視界に飛び込んだのは、まるで玉座に腰をかけるように悠然とソファに座る父親とそれに寄り添う母親。
最後に父親と顔を合わせたのはいつだろうか。汐と同じ朝焼けの赤紫が自分をじろりと見つめた。
「汐、いつも帰りはこの時間なのか?」
「…部活がある日は、そう、だよ」
「汐、おかえりなさい!晩ご飯出来てるわよ。着替えていらっしゃい」
「…うん」
それだけ返すと汐はリビングを後にする。
この時間に母親が帰ってきて、しかも夕食を用意しているなんて珍しいと思ったらこういうことだったのかと汐は暗い気持ちで納得した。
階段をすべてあがりきると夏貴が自室から出てきた。
「姉さん!おかえりなさい」
「夏貴…ただいま」
弟の笑みに、灯火を宿したように胸があたたかくなる。
夏貴は汐に歩み寄り、その髪に触れた。
長い指が樺色の髪を梳くと、声を潜めて話し始めた。
「姉さんごめんね、迎えに行けなくて。行こうとしたら父さんに止められて…」
「ううん、気にしないで。ねぇ、なんで急にお父さん帰ってきたの?」
「それが僕にもわからないんだ。珍しく休暇をとったから2、3日はこっちにいるらしいよ」
「…そっか」
お盆も正月も誕生日も〝家族〟で過ごさないのに何故このタイミングで帰ってきたのだろうか。
汐の脳裏に1つの可能性が浮かぶ。しかしそれは汐にとってこの上なく心労の大きいことだ。
出来れば〝ただの休暇〟であることを願う。
「母さんが早く帰ってきてご飯の支度をするからどうしたのものかって思った。夫婦が仲良しなのはいいことだけどあの雰囲気に僕は耐えられなかったよ」
「…お母さんはお父さんが1番だからね」
ため息をつく汐の背を夏貴がそっと励ました。
「姉さん着替えておいで。僕ここで待ってるから、一緒に下におりよ」
「ありがとう。ちょっと待っててね」
自室に入った汐は扉に背を預けて項垂れた。
眩暈がする。呼吸が上ずりそうだ。
自分と同じ赤紫の瞳に感じたのは恐怖。
その場に座り込む。こんなに気が重い夕食なんて久しぶりだった。