Destination Beside Precious
第3章 1.The Honey Moon
楽しい時間は本当にあっという間だ。
もっと一緒にいたい、話したいと思う。
玄関で靴を履き、扉に手をかけようとした。
その時。
凛がまだ扉に触れていないのにも関わらず、扉が開いた。
「え…」
突然のことに動揺していると、扉の隙間から人影がのぞいた。
「ただいま」
穏やかな声と共にその人物は家に入ってくる。
背は凛ほど高くない。
扉から現れた静かな茜色の瞳が凛を捉える。
視線がぶつかった。
凛の目の前の人物は、嫌悪感を隠すことなく神経質に眉を寄せた。
「…あんた、だれ?」
いや、お前こそ誰だよ。
と、凛は言ってしまいそうだったところをかろうじで呑み込む。
凛を見ての第一声は先程の穏やかさが消え失せ、冷えきっていた。
凛を前にしてジロジロと敵意剝き出しの遠慮のない視線をぶつける少年は自分が誰なのかを名乗らない。
「お前は…」
目の前の少年。
背は凛より低いが、服の上からでも均整のとれた体格であるのが見て取れる。
さらさらと長めの髪はやや黄みの強い樺色。
神経質に寄せられているが眉は形が良く凛々しい。
通った鼻梁は彫刻のような美しさを思わせる。
不機嫌に歪められてはいるが唇には少女のような愛らしさが見え隠し、口元にあるホクロがえもいわれぬ色香をさす。
凛を睨む夕陽の瞳を収めるのはアーモンドアイだった。
似ている。
凛は小さく息を吐いた。
同時に既視感を覚える。
以前にもあった、この感覚。
「あ!おかえり夏貴!」
いつの間にかリビングから出てきた汐は、後ろから軽い口調で少年を迎え入れる。
振り向いた凛は同時に驚いた。
汐と、夏貴と呼ばれたその少年。
とてもよく似ている。
いや、ふたりが似ているというよりは夏貴が汐によく似ているといったほうが適切かもしれない。
つまりは、女顔。
似ていないところを挙げるならば、微妙に色味の違う瞳と髪と、口角と口元のホクロがあるかないかくらいだった。
「ただいま、姉さん」
「姉さん!?」
状況が理解できていない凛を挟んでよく似た顔をした人がふたり。
かたや口角が上がっていて笑顔。かたや口角が下がっていて不機嫌極まりない顔。
「あ、凛くん紹介するね。この子ね、夏貴。あたしの弟だよ」
「は、汐お前弟いたのか!?」
「うん」
「姉さん!」
凛と汐の会話に割って入る夏貴。
その声は声変わりをしてなお高めで少年を思わせる。