Destination Beside Precious
第10章 8.Don't Forget Mydear
運ばれてきた朝食を頂いた後、凛と汐は煎茶を頂いていた。
若女将が甲斐甲斐しく給仕をしながら、ふたりにこう声をかけた。
「外からお花を摘んでいらしたのですか?」
「え…?」
チェックインしてから宿を出ていない。
何のことだか分からないふたりは揃って若女将を見つめる。
「あちらの青いお花でございます」
指し手の方には壷のような形の花瓶に生けられた青い花。
ふたりは息を呑む。
昨夜、部屋に入った時に花瓶があったのには気づいていた。
しかしその時には花など生けられていなかった。
花瓶に生けられた青い花。
夢の記憶とぴったりと一致する。あの花は、海子が汐に渡した花と同じものだった。
「でも不思議ですね。勿忘草の季節はまだ先だったはず…」
そんなふたりの事情をしらない若女将はそう言った。
「勿忘草っていうんですか?」
「はい。本来であれば3月から5月にかけて咲く花なのです」
きっと、海子が置いていったのだろう。
現実的に考えても説明出来ない有り得ないことだが、ふたりはそう思ってしまう。
「不思議といえば…とてもリアルな夢を見ました」
汐はそう語り出した。
若女将は視線を花ではなく語り手である汐に移した。
凛は驚いて汐を見つめる。汐は凛を見つめ返すことなく語りを進めた。
「昨日、4年前に亡くなった親友のお墓参りに行ってきました。その彼女が夢にでてきて」
汐自身驚いていた。夢の話をするつもりなどなかったのに、自分の口がひとりでに語り出したように次々と言葉が紡がれてゆく。
若女将はなにも言わずに続きを促した。
「とても温かい夢でした。あたしのことを励ましてくれてるような…」
「それはきっと、単なる夢ではございませんよ」
「え…?」
「お客様の前でこの様な話は普段いたしませんが…。汐様と凛様がご宿泊なされたこちらの部屋には、古くから霊力があるという言い伝えがございます」
「霊力…」
「霊力といってもいわく付きのお部屋ではございません。このお部屋に宿る霊力は、亡くなった人やもう会えない人が願いや想いを伝えにお客様へ会いに来るというものでございます」
凛と汐は言葉を失った。
亡くなった人が会いに来る。まさに夢の内容のそれで、雷に打たれたかのような衝撃がふたりの背を走る。
「このお部屋は〝夢幻・寝覚之間〟という名がございます。浦島太郎伝説はご存知ですか?」