Destination Beside Precious
第10章 8.Don't Forget Mydear
「寒…」
頬を撫でる冷えた空気を感じ取り凛は目を覚ました。
(夢、か…)
夢にしては、不思議なほどリアルだった。
汐の泣いている姿、海子の声、繋いでいた手の感触がついさっきのことのように思い出すことが出来る。
ふと凛は隣に寝ていたはずの汐の姿が見えないことに気づいた。
掌に触れるのは、布のなめらかな触り心地とまだ残る汐の温もり。
「汐…」
ゆっくりと身を起こして部屋の中を見渡す。
すると、部屋の奥…窓のあたりにその姿を見つけた。
「汐」
もう一度、今度ははっきりとした声を発する。
少し離れた所にいた汐は振り向いた。
凛は布団の外にちらばる浴衣を羽織り簡易的に帯を結んで汐の元へ歩き出した。
「あ、凛くんおはよう。ごめんね、ちょっとだけ窓開けてたんだけどやっぱり寒かったよね」
控えめに、しかし気丈に笑顔を浮かべる汐の目元が赤いことに凛は気づいた。
恐らく泣いていたのだろう。
目元や顔の火照りを冷ますために窓を開けていたのだと思う。
そうでなければ1月末の早朝に窓なんて開けるはずがない。
「汐、お前泣いてたのか…?」
「泣いてないよ」
見え透いた嘘をつくと思った。
不思議なほど凛の前で涙を見せない。
そんな汐を後ろから抱きしめた。
「つまんねぇ意地張るなよ…」
心配させたくない、という汐なりの気遣いであることはよく分かるが、愛しい人の心の逃げ場になれないことに凛は一抹の不甲斐なさを覚える。
「…ね、凛くん」
「ん?」
「前にあたし、思い出は優しいから甘えちゃ駄目だって言ったけど、少しくらいは思い出に甘えようと思うの」
「…ああ」
「…あたしのこと、遺して逝っちゃった人も、あたしの心の中では生き続けてる…もん、ね」
(ああ、俺達は同じ夢を見たんだ…)
抱きしめる腕に力がこもる。
夢の中で海子が言っていたことを、汐は言った。
「汐、次の墓参り、俺達と璃保と璃保の彼氏の4人で行くぞ」
その言葉に汐は顔を上げた。
そして目を伏せ凛に見せず一片の涙を流した。
あの夢の中で目の当たりにしたのは、海よりも深い汐への愛情。
海子がそうであったように、自分も汐の心を守っていきたい。
汐を託された。だから、これからも自分なりに汐を愛して海子の想いを引き継いでいきたい。
心の中で彼女にそう告げた。
凛の心の中で生きる海子が、〝頼んだよ〟と笑った気がした。