Destination Beside Precious
第10章 8.Don't Forget Mydear
「あの時わたしが汐を助けてなかったら、汐死んでたよ。そうなると、助けれたかもしれなかったのに助けなかった、汐を見殺しにしたって、わたしは一生自分のことを責めるし後を追って自ら命を絶ってたかもしれない。そんな姿、汐は見ていられないよね?」
悲しみに暮れる海子の姿を想像した。
しかしすぐにその姿をかき消した。
自分のその姿を見ていた海子を前にこんなことを考えるのは、自分のエゴイズムの他ならないが、海子のそんな姿なんて想像できない。したくない。
「…大丈夫。わたしは自分がしたことに後悔なんて一切ない。汐に殺されたなんて全く思ってないよ」
優しさに溢れた海子の声。
凛は目頭が熱くなるのを感じた。鼻の奥がつんとする。
零れそうになる涙を指で押さえようとした時、凛の手から汐の手が離れた。
汐は海子の元へ走り出した。
「海子…!!」
追いつき、両手を伸ばし、昔よくそうしたように抱きしめようとした。
しかしその瞬間、海子は悲しげに目を伏せた。
汐の指は腕は海子に触れることが叶わずに空を掴んだ。
酷だがどうすることも出来ない理に、汐は空を触れた自分の右手を見つめた。
その手は涙に滲んでよく見えない。
抗えない自然の摂理、生ける者と死する者の間にある、不可視であるが決して超えられない一線。
それを目の当たりにして凛は思わず目を逸らす。
ひどく残酷な光景だった。ふたりの気持ちを思い、凛は唇を噛んだ。
震える汐の肩に、胸が引き裂かれてしまいそうだった。
今この瞬間だけ、そんな理なんて消え失せてしまえと凛は願う。
実体のない半透明の影は、顔を伏せる汐を抱きしめた。
海子の腕から汐の身体が透けている。
しかし、しっかりと海子は震える汐を抱きしめていた。
「汐」
慈愛に満ちた柔らかな声だった。
触れられないと分かっていても、汐は腕を海子の背中に回す。
懐かしいにおい。海子のにおい。
お陽様みたいな、それを肺いっぱいに吸い込む。
体いっぱいに海子の温もりを感じて、昔に戻ったような気分になる。
言葉にし得ない気持ちがこみ上げ、堰を切ったように涙が溢れる。