Destination Beside Precious
第10章 8.Don't Forget Mydear
「は…!?」
「何だよいきなり、とか言いたそうな顔だね。ま、そんなこと言わずに、どうなの?」
自分の記憶の中の海子と同じ飄々とした態度だが、その中に有無を言わせないものがあると凛は感じた。
強者故の傲慢か。或いはまた別のものなのか。
いずれにせよ、生きていたら間違いなくトップアスリートであると凛の直感がそう言っていた。
「好きだ。…何よりも、誰よりも」
繋いでいた手が一瞬強く握られた。
凛の言葉に、海子は満足そうに頷いた後茶化すように笑った。
「あんたが汐のこと好きで好きで仕方が無いってこと、見れば分かるけどね。あ、汐照れてる」
唇は結ばれているが、〝凛くん〟と汐が言った気がする。そんな瞳を汐は凛に向けた。嬉しさと恥ずかしさを足して2で割ったみたいに僅かに頬を染めて。
「ね、汐。汐は凛といれて幸せ?」
まっすぐな金の瞳は汐に向けられていた。
汐は凛を見た。たくさんの初めてを教えてくれた、一番大好きで大切な人。
海子を見た。いつでもなにがあっても心の支えになってくれて、これ以上にない信頼と親愛を持っていた人。
不思議と笑顔が零れた。
「うん。あたし、すごく幸せ」
海子を前にしてもっと言うことがあったと思う。
だが、今この状況で自分の胸に渦巻く負の感情を吐露することを海子は望んでいないと汐は感じ取っていた。
汐の笑顔を見て、海子は笑顔を浮かべた。
そして凛に向かってこう言った。
「凛、汐のことをよろしくね。この子、あんたが思ってる以上に手が掛かる子だから。かと言って手放したりしたら許さないからね」
海子に言われなくても手放すつもりなんてない、そう言おうとしたが声が出なかった。
海子の雰囲気が言わせてくれなかった。笑っているのに何故か切なげで、凛は胸が締め付けられる思いだった。
「…わたしが好きなのは、汐のその笑顔。最後にその笑顔をわたしにくれてありがとうね」
微笑みを浮かべた海子は汐にそう告げて踵を返した。
慈愛に満ちた笑みだと凛は思った。
自分と出会う前、きっと汐はこの笑顔に包まれていたのだろう。
それを失った時、汐はどんなに辛い思い悲しい思いをしただろうか。
昔、海子のことを話してくれた時の汐の表情がフラッシュバックする。
「待って…!ね、海子…最後ってなに…?」
震える声で汐は遠ざかり始める海子の背に問いかけた。