Destination Beside Precious
第10章 8.Don't Forget Mydear
ふたりは手を繋いでいた。
「なに、ここ…」
汐はぽつりと呟いた。汐に同調して凛も困惑した声を洩らした。
ついさっきまで愛し合っていた記憶は確かだ。
気づいたら互いに部活のジャージを身に纏ってこの空間にいた。
暑くもないし、寒くもない。
何も無い空間であるのに、身体に流れ込んでくる空気は言葉にし難い懐かしさに溢れていて、汐は思わず口を噤む。
ここは何処なのだろう。
無の空間をふたりは進んでいくと、前方に人影が見えた。
霧がかったように霞むその姿は、誰のものであるか想像し得ない。
だんだんその姿が近づいてきた。
霧のようなものに包まれているが、白い服を着ていることが見て取れる。
誰だ、と凛が言いそうになったその時、汐は閉ざしていた口を開いた。
「海子…」
〝海子〟と呼ばれた彼女はふたりの目の前で立ち止まり、にっこりと笑顔を宿した。
その笑顔が汐と似ていて凛は思わず息を呑む。
160を少し超えた背丈の彼女を包む霏が消えると、そこには青い花を携えた璃保と同じくらいの背丈の強気な笑顔を浮かべた彼女があった。
金色の瞳に淀みは見られない。
理由を訊かれると答えられないが、彼女が4年前に亡くなった海子その人であるとふたりは感じ取った。
「汐、久しぶりだね。…と、凛だっけ?」
海子の口から出た凛の名に、汐は繋いでいた手を離した。
「ああ、いいよ。繋いだままで」
それを見逃さなかった海子は感じの良い笑い声をあげながらそれを制した。
汐は再び凛の手を握り直した。
その手は僅かに震えている。横目で見た汐の顔は明らかに動揺していた。
「汐、いい男捕まえたね。わたし、ずっと心配してたんだよ」
饒舌に話す海子の全身は僅かに透けていて、少しだけ彼女の向こう側が見える。
海子がこの世の者ならざる者であると痛感する。
向こう側と言っても、変わらず無であった。
今この空間は3人だけのものだ。
彼女が現れて以来汐はずっと押し黙っている。
そのことを咎めることなく海子は話し続ける。
「汐、そんな辛気臭い顔してないで笑ってよ!わたしは汐の笑顔が大好きだから、笑って欲しい」
この状況で笑えと言われても無理があるだろ、と凛は思った。
すると、凛の心を見透かしたように海子は凛に向かってこう言った。
「それにしても本当に惚れ惚れするくらい綺麗な顔した彼氏だよね。凛、あんた汐のこと好き?」