Destination Beside Precious
第10章 8.Don't Forget Mydear
「ご飯美味しかったねー!」
「まさか高校生のうちに松葉かにが食えるとは思わなかった」
夕食に出された会席料理にふたりは胃袋も気も満足な思いだった。
特に冬の時期にしかとれない県の名産の松葉かには絶品で、ふたりで一杯まるごといただくという贅沢に凛は煎茶の注がれた湯呑を傾けながら幸せな思いだった。
「後で仲居さんがお布団敷きに来てくれるって」
「布団で寝るのなんてガキのころ以来だな」
「風呂ってたしか部屋にあるんだったよな」
「そうだよ」
「せっかくだし、一緒に入らねぇか?」
「え!?」
凛の提案に汐は危うく湯呑をひっくり返しかける。
汐の頬がみるみる染まっていく。
「い、一緒に…!?」
「声裏返ってんぞ」
おかしそうに笑う凛を見つめながら汐は湯呑を持ち直す。
客室に露天風呂がついているということは、つまりそういうことになる。
どうして考えていなかったのだろうと、煎茶を飲みながら必死に汐は気を落ち着かせる。
「凛くん浴衣の着方知ってる…?」
上擦りそうになる声の調子を整えながら言う。
あえて少し違う話題にすり替えた。
扉を開けると、日本海を一望する絶景が広がる。
非日常的な情景に感動しながら檜の床板に足を踏み入れる。
冬の冷たい空気を痛いほど肌に感じながら、床板と同じ檜で出来た浴槽の元へと進む。
かけ湯をして身体を温め、身体をお湯の中へ浸す。
身体の芯から温まる心地よさに思わず目を細めた。
程なくしてカラカラと控えめな音と共に汐が入っていた。
入浴の為に髪を上げている姿は凛にとって新鮮で、思わず頬が緩んでしまう。
「ね、凛くんあっち向いてて…!」
「はいはい」
言われた通りに後ろを向く。近づく足音に振り向きたい気持ちをぐっと堪える。
かけ湯の水音が耳に入る。
怒られることを承知でもう振り向いてしまおうか、と思い始めた頃に汐の声がした。
「もう、いいよ」
はやる気持ちを抑えてゆっくりと振り向く。
そこには照れ笑いを浮かべた汐。
髪を上げたことによって露わになる首から肩にかけての曲線に思わず息を呑む。
「焦らしとか、そんなのどこで覚えたんだよ」
「意味わかんないよ」
凛の方が照れてしまってつい突拍子のないことを口走る。
体温が上昇する感覚は、熱い風呂によるものなのか、それとも汐の姿によるものなのか、凛は真面目に考え始めた。