Destination Beside Precious
第10章 8.Don't Forget Mydear
「お待ちしておりました、榊宮汐お嬢様、松岡凛様」
恭しく頭を垂れたのは、ふたりの年齢を足した歳の倍近くは生きたであろう女将と思われる着物姿の女性。
「こんにちは。お世話になります」
それに慣れたように返す汐は、さながら良家の淑女だった。
「お部屋へご案内いたします。こちらへどうぞ」
女将の後ろに控えていた、着物姿の美しい仲居がふたりの荷物を受け取る。
女将の後に続き、廊下を歩いていく。
高校生が宿泊出来ること自体不思議な老舗旅館だと凛は思った。
「こちらでございます」
〝夢幻・寝覚之間〟と書かれた席札のある部屋の前で女将が跪坐で傅き襖を開ける。
襖の奥には一般客室の倍の広さはあるひと続きの部屋が待ち受けていた。
足を踏み入れると畳が香る。
「寝巻等はあちらにご用意致しております。先にお食事になさいますか?」
跪坐のまま女将はそう訊ねた。
「どうしよ、凛くんお腹空いた?」
「そうだな、夕飯が先の方がありがたいな」
「じゃあ先にお食事にしてください」
「かしこまりました。ご用意いたします。なにか御用がありましたら、あちらのお電話にてお申し付けくださいませ」
そう言って女将は差し手で地袋の上にある電話を示す。
そして、失礼いたしますと一瞥をくれて襖を閉めた。
「本当にvip待遇だな…」
「ありがたいことにね」
凛は通された部屋をぐるりと見渡す。
ふたりで寝泊りする部屋にしては広すぎる。
奥の違い棚には繊細な模様の描かれた花瓶と思われる壷、床の間には掛軸が飾られていた。
「ね、ここの旅館のお風呂ね、露天風呂なんだよ!」
「そうなのか?」
「しかもお部屋についてるの!」
うきうきと声を弾ませる汐に凛は微笑ましい気分になりながら、思考の片隅でお金のことを考えてしまう。
おそらくホテルでいえばスイートルームに値する部屋だ。
だんだん全額負担してもらうのが申し訳なくなってきた。
そんな凛を察して汐は、お金のことは気にしないでと言った。
汐曰く、正規料金の1割ほどの値段で宿泊できるらしい。
それに安心したわけではないが、お金のことを考えていると旅行を楽しむことができなさそうだ。
「凛くん」
「ん?」
「ついてきてくれて、ありがとう」
凛の手を握って汐は言った。
そんな汐を抱きしめてやると、嬉しそうに目を細めた。
その笑顔に、来てよかったと凛は思った。