Destination Beside Precious
第10章 8.Don't Forget Mydear
細く伸びゆく線香の煙が、曇った空と冷えた空気に溶けていく。
墓石に触れると、空気よりなお冷たく硬い感触が手に跳ね返る。
青く磨かれた墓石に手向けられた橙の花が墓地に似つかわしくない快活な色を差していた。
1月の終わり、凛と汐は入試休みを利用して県西部の都市にある霊園に来た。
「この場だから訊くが、海子ってどんな奴だったんだ?」
「海子ね、顔はよく似てるって言われたね。璃保と同じで背が高かったよ。…明るくてお調子者で、だけど泳ぐのは誰よりも速くて、成績も入試からずっと学年トップクラス」
墓地は亡くなった人を偲ぶ場である。
普段海子の話を口にしない汐も、この場では話してくれた。
汐の記憶に刻まれた海子の姿が、自分の小学生の時の記憶と重なる。
確かにあの時の海子は、自分に対して飄々とした態度をとっていたが泳ぎでは他者を圧倒していた。
「やっぱすげぇな」
「そうだね。でも、お調子者で泳ぐの速くて頭がいいって凛くんもそうじゃない?」
「誰がお調子者だ」
場所を弁えて控えめに笑う汐の頭を小突く。
「じゃ、ミコ、シオ、リホの中ではお前が一番チビってことだったんだな」
「あたしはチビじゃなくて標準だよ」
何度繰り返したかわからないやり取りをしながら、凛は少し安心した。
この場に来ることによって、また汐から笑顔が消えるのではないのかと心配していた。
いつもと変わらない、というと語弊があるがそれでも笑顔を見せていた。
その笑顔が少し寂しげであることは、汐の胸中を推し量って見て見ぬ振りをする。
それが、凛なりの優しさだった。
「今夜泊まる旅館ね、よくお世話になってる所なの」
霊園を出た所でタクシーを呼び止めながら汐は言った。
「昔から家族で行ってたのか?」
「ううん、璃保とよくお世話になってた」
昨年までは璃保と一緒にお墓参りをしていたらしい。
「そこの旅館、璃保の家が出資したみたいでありがたいことにずっとvip待遇だったの」
「なんか、すげえな…」
とうとう朝比奈璃保の正体が分からなくなってきた、と凛は苦笑いを浮かべながら思った。
自分が誘ったのだから宿泊費は負担すると言って聞かない汐を思い出した。
「予約の電話したら、何故かあたしまでvip待遇してくれるらしいの。だからお言葉に甘えちゃった」
汐の言葉の意味はこのあとすぐ知ることになった。