Destination Beside Precious
第9章 7.Life and non-Life ※
眼前に広がるのは、月明かりを受けたステンドグラスが乱反射する美しいプール。
凪ぐ水面に赤、青、黄色、色とりどりの光が差し込む。
その美しさに思わず息を呑む。やはりいつ見ても綺麗だ。
いけないと頭では分かっていても、美しいものを間近で見たいという本能が優位だった。
それに近づかずにはいられなかった。
ひたひたと水面まで歩み寄る。
あと5歩、あと3歩、その瞬間何者かに鋭く足をつかまれた。
「ひっ…!」
思わず上擦った声が洩れた。
大きく揺れる水面。恐怖で動くことが出来ずにそれを見つめていると、なにかが這い上がってきた。
赤く生々しい染みは白い衣服に皮肉なほど鮮やかなコントラストを生み出す。
白磁のような艶を持っているのに血色を全く感じない。生気のない表情を抱く顔立ちは汐とよく似ていた。
「海子…」
ゆらりと立つ彼女の体から滴る水滴がひとつ、またひとつと落ちる。
ずぶ濡れになった髪を掻きあげて彼女は顔を上げた。
その顔には表情というものが無く、ただ昏い光を瞳に宿して汐を睨めつけていた。
彼女の左手が汐の肩を掴んだ。
「どうして助けてくれなかったの?」
「どうして汐が生きてるの?」
「どうしてわたしが死ななきゃいけなかったの?」
彼女の声には抑揚が感じられなかった。
ただ淡々と汐を責め立てる。
掴まれた肩の痛みが、海子のあのときの本心でると汐は思った。
「悪いのは汐じゃん」
なにも言えない。声が出ない。
海子が感じた痛みはこんなものじゃないと思うと彼女の手を払い除けることが出来なかった。
「あんなに大好きだったのに…。どうして大好きな人にわたしは殺されなくちゃならなかったの…?」
「…ご、ごめんなさ…」
海子の言うことがその通りで、返す言葉がなかった。
自分のせいで親友の命を奪ってしまった。自分より明るい未来が待っているだろう海子の命を。
ことが重すぎて涙さえ出なかった。
「許さない」
ひどく冷たい、鬼のような金の瞳に射竦められる。
次の瞬間、汐はプールの中にいた。
身を切るように冷たい水。水という名の闇。
何度懺悔しても足りない。
ならば一生この罪を背負っていくつもりだ。
なのに、そのつもりなのに救いを求めている。
目を開き無意識に腕を伸ばしていた。〝助けて〟と。
その瞬間、何者かに手を掴まれたような気がした。