Destination Beside Precious
第9章 7.Life and non-Life ※
「うーん、荷物になるからパジャマ持ってこなくてもいいとは言われたけど…」
汐は廊下を歩きながら呟いた。
どう見てもおかしい。
「これは、オーバーサイズすぎじゃないかな…」
通した袖からは手が出ない。丈は長くて汐の尻を隠して余る。
膝よりも少し長いハーフパンツを履いているはずなのに丈はふくらはぎの半分を余裕で隠す。
汐は寝間着として凛にはサイズが合わなくなったスウェットの上とハーフパンツを借りた。
しかしいざ風呂から上がり、着てみるとサイズが明らかに自分に合っていない。
そもそも自分が着て丁度いいサイズだと思ったのかと訊かれれば答えは否だが、ここまでだとは思わなかった。
手の出ない袖をぶらぶらと揺らしながら汐は凛の部屋の扉を3回のノックした後ドアノブを捻る。
「凛くん、お風呂ありがとう」
「おー、汐」
自室の椅子に座っていた凛は扉から現れた汐に視線をやった。
その視線を浴びながら汐は凛のそばへ歩み寄る。
頭から爪先までじろりと舐めるように見渡すと、凛は面白そうに口角を上げた。
「ダボダボだな!」
「これ、メンズのMでしょ?当たり前だよ」
「服に着られてるな」
「もー、凛くんのせいでしょ」
そう言って汐は凛の胸をぽこんと軽く叩く。
自分の服をゆるいシルエットで着る汐を甚く気に入ったらしい凛は満悦したように眉を上げた。
「俺からしたら新鮮でいいけどな。じゃあ俺も風呂入ってくる」
「いってらっしゃい」
汐の声を背中で受けながら凛は扉を開けた。
しんと冷えた廊下の空気に肌を逆撫でされるようだ。
やはりこの時期、暖房の入っていない廊下は寒い。
靴下越しに迫る底冷え感に、ふと汐の部屋の床暖房を羨む気持ちが芽生える。
汐の部屋から連想するのは、まだ新しい初めて情事を交わした夜の記憶。
思わず顔を赤らめる。汐を抱いたその手で口元を隠す。
自分の服を着せて、それが汐の身体のサイズにあっていなくて。
俗に言う〝彼シャツ〟の派生である。
言葉にし難い征服欲求と独占欲が満たされる思いだった。
健全な男子高校生でなおかつ男の本能からしても正常な反応だが、凛の理性はそれを変態性癖だと警鐘を鳴らす。
しかし、掌から伸びた指の隙間に覗いた口元には笑みが宿っていた。
本能だろうが理性だろうが、可愛いものは可愛い。
そんなことを考えながら凛は洗面所の扉を開けた。