Destination Beside Precious
第9章 7.Life and non-Life ※
「お邪魔します」
「おー」
履いていたブーツを揃えて汐は凛の家に上がる。
彼に続いてリビングへ入った。
「ゆっくり歩いてたら5時前になっちゃったね」
「そうだな。ま、雪も強く降ってたし早足で歩いて汐に転ばれても困るからな」
「あたしは転ばないよー」
「よく言うな。お前、11月の合同練習のときにプールサイドで転びそうになってたろ」
「な…!あれはたまたま!」
「なにがたまたまだ。プールサイドは走るなよ」
そんなたわいもない会話をしながらふたりは防寒着をすべて脱いでハンガーにかけた。
「凛くんお腹空いてる?」
「ん、まあまあって感じだな。屋台で少し食ったし」
「そっか。晩ご飯どうしようかな」
考える汐をよそに凛はソファに腰を下ろした。そして自分の膝を叩いて、その上に座るように促した。
「重いよ?」
「健康的な証拠だ」
「そこは〝そんなことない〟ってフォローしてよねー」
なんて言いながらも汐は凛の膝の上に座る。
するとそれを待っていたかのように凛の手がお腹に回された。
「やっぱお前といると落ち着くな」
後ろから朗らかな声が聞こえてくる。
「あたしも」
回された手に自分の手を重ねる。少しゴツゴツした男の子の手。
この手に触れられるととても心が安らぐ。
「お前、あったけーな」
普段よりも柔らかな声。
ふたりの会話が途絶えた。
心地の良い沈黙とぬくもり。
優しい睡魔に襲われて汐は思わず目を閉じてしまった。
(…こいつ、寝やがった)
少しして凛は穏やかな寝息に気づいた。
いつの間にか自分の膝の上に乗ったまま寝てしまった汐。
重くはないが身動きが取れない。
寄りかかって気持ちよさそうに眠る汐を起こす気にもならず、凛はひとりで表情を柔らかくした。
「可愛いやつ」
汐のことを好きになってよかった、改めて思ってしまう。
汐に出会えていなかったら、こんな幸せなぬくもりを知らずに過ごしていただろう。
この温かさが当たり前であることに感謝した。
部活や学校が始まれば、こうやってふたりでゆっくり過ごす時間はなかなか取れないだろうからこの時間はとても貴重だ。
たくさん会話して触れ合って、愛を深めたい。
今では汐のいない日常なんて考えられない。
「汐、いつまでも俺のそばにいてくれよ…」
寝ているからもちろん返事はない。
それでも凛は言わずにはいられなかった。