Destination Beside Precious
第9章 7.Life and non-Life ※
凛が用件を伝えることの無いまま母親に終話ボタンを押されてしまった。
いや、用件を伝えるまでも無かったと言うべきか。
「凛くんのお母さん、なんて言ってた?」
「あー…、とにかく汐が泊まることに快諾はしてた」
母親の嬉しそうな顔…おおかたにやけ顔のような気がするが、そんな顔が想像に容易い。
今頃きっと江に〝お兄ちゃん今夜も汐ちゃんとお泊まりだって!〟と話しているだろう。
「ほんとに?よかった」
「で、肝心の母さんと江なんだが…」
「?」
「夏貴と同じ理由で、今晩岩鳶のばあちゃん家に泊まってくんだとさ」
「え!?」
驚いた汐の顔がみるみる紅潮していく。
汐は松岡ファミリーにお邪魔させてもらうつもりだった。
しかし急に凛とふたりきりという状況に変わったから動揺してしまう。
「だから、今晩はふたりきり、だ」
「そういうことになる、ね」
急すぎる展開に赤面してしまい凛の顔が見れない。
胸がドキドキと鳴り始める。
「もしかして照れてるのか?」
意地悪い顔をした凛に上から覗きこまれる。
「照れてないよ!」
「つまんねぇ意地張るなよ。顔に照れてますって書いてあるぞ」
「凛くんの意地悪!えっち!変態!」
「いや意味わかんねぇし。なんで俺が変態扱いされなきゃなんねぇんだよ」
面白そうにけらけらと笑う凛に汐はしてやられた気分になる。
しかしまた凛とふたりきりで何にも気を囚われることなくゆっくりできるのだ。
それはそれで嬉しい。凛と一緒にいると時間はいくらあっても足りないように思う。
まして普段凛は寮生活でなかなかふたりきりでゆっくりすることが出来ないから今日のような時間は貴重だ。
「けど…」
「ん?」
「また凛くんと時間気にせずゆっくりできるのは嬉しいな」
「…、なんだよ。さっきまでひとのこと変態扱いしてたくせに。可愛いやつだな」
そう言って凛は汐の頬をむにっと摘む。
頬を染めはにかみながら汐は凛を見上げた。
「なあ、夕飯また作ってくれよ」
「いいけど勝手に食材使っても大丈夫かな?」
「構わねぇよ。それに汐が作ったって言えば女ふたりは喜ぶだろうし」
息子の彼女は料理上手、これに喜ばない母親などいるだろうか。
汐と自分の家族が仲良くやっていけそうなことに心の内で喜びながら凛は汐の手を握り直す。
お揃いのバーバリーチェックのマフラーを揺らしながらふたりは家までの帰路についた。