Destination Beside Precious
第3章 1.The Honey Moon
山から吹き抜ける風が凛と汐の頬を優しく撫でる。
暑さのピークを迎える午後2時ごろ、ふたりはお互いの地元である佐野町を歩いていた。
「凛くんの家、あたしの想像以上に近くてびっくりした」
駅から凛の実家まで徒歩10分ほど。汐の家までは5分ほど。
つまり、凛の実家から汐の家までは徒歩5分ということになる。
ふたりは汐の家に向かっていた。
「ガキの頃は長く感じた距離も、今だとそんなでもないな」
「凛くんに子どもの頃とかあったの?」
「おいお前それどういう意味だよ」
「え?うーん、わかり易くいえば、凛くんにも小学生とかそんな可愛らしい時期があったの?って意味だよ」
付き合うようになってから知ったこと。汐は人のことをいじるのが好き。
そのときは決まってあのいたずらな笑みを浮かべる。
「あたりまえだろ!」
「小学生の凛くんどんな感じだったの?昔話聞かせてよ」
「絶対にしないからな」
「えーなんで?あ!実は泣き虫だったとか?」
「なっ...!?ちっ...ちちちげぇよ!!」
図星な凛は必死に否定する。
上がり調子な眉をさらに上げながら汐は楽しそうに笑っている。
「つーか汐お前、チビのくせに俺のことからかうなんていい度胸してんじゃねぇか!」
今度は凛が汐に対して反撃に出る。
真上から汐の頭をぐりぐり押す。
つむじを押すと身長が縮むという迷信をどこかで聞いたことがある。
「ちょっと!凛くん!縮むから!せっかく今標準身長なのに!」
あくまで自分の身長は標準であってチビではない、という姿勢を崩さない汐。
やめて!と凛の手を一生懸命に払い除けようとする汐が愛玩動物のようで思わず凛の口元が緩む。
「そういえば凛くん、なんの課題を忘れたの?」
凛の手を払い除けた汐は上目でそう訊ねる。
「ん?あぁ、古典と現代文のワーク」
「国語だね」
「そうだな」
「凛くん確か国語苦手とか言ってたっけ?」
「ああ。国語...つか古文だな」
「古文かぁ...海外じゃやらないもんね」
「こっち戻ってきて古典の教科書見た時にビビった」
日本語なのに日本語じゃない。
ただでさえ4年ぶりに公用語が日本語なことに少し違和感を感じるのに、なにが〝いとをかし〟だよ。日本語しゃべれよ。
とかそんなことを教科書をもらった時に思ったっけと凛は思い起こす。
「凛くんずっと英語だったからね。...あ、ついたよ」