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Destination Beside Precious

第7章 5.Illuminate The Darkness


目の前に広がる光景に凛は声が出なかった。

扉を開けた先には50メートルプール。
コースロープが外された水面は静かに凪いでいる。
凪いだ水面に乱反射するのは、月明かりの差し込むステンドグラス。
聖スピラノのアイデンティティを表すかのように神聖なそれは、月の光を浴びて言葉にできない程の美しさを光に乗せてプールに転写する。
鮮やかに清らかに輝く水は凛の言葉を奪った。


「綺麗だな…」
やっと出てきた言葉。それにすべてが集約されていた。

「ね、すごいでしょ」
汐の声が隣から聞こえる。

水から目が離せないでいると、不意に手に冷たいものが当たった。
ひやりとした感覚に思わず自分の右手に視線をおろすと、汐の手が触れていた。
びっくりするほど冷たい手、視線をそのまま汐に移すと、そのローライドガーネットの瞳はまっすぐに水に注がれていた。
凛は息を呑む。汐の瞳は、彼女が時折見せるあのどこか達観したような、諦観交じりの瞳。

「やっぱり、あの時と同じで、すごく綺麗」

「あの時?」
「もうかなり前になるけど、海子の話をしたの、覚えてる?」
「ああ」
上嶋海子。水の事故で亡くなった汐の親友。

「同じなの。この光景、あの事故の夜と。本当に、すごく綺麗だよね。…怖いくらい」
〝怖いくらい〟汐の声の調子が変わる。瞳に翳りがさす。

「だからあたしはずっと目を背けてきた」
条件さえ揃えば今ふたりで見ている光景は見ることが出来る。
しかし汐は4年間ずっとこの光景を見ないようにしていた。
見てしまうと、記憶の蓋が開いてしまう。
そうなるとまるで脚を掴まれたように、前へ進めなくなってしまうのだ。

「見せたいものがあるって連れてきたけど、本当はあたしが見たかっただけなの。凛くんと一緒に。凛くんと一緒なら、怖くないって思って」
触れる汐の手は微かに震えているように感じた。
相変わらず氷のように冷たい手。普段の暖かい手とは正反対だ。
その小さな手を握ってやる。少しでも震えが止んでほしくて。

「あたしね、凛くんと一緒にいるとすごく前向きになれるの。凛くんは夏に過去の確執と決別した。…だからあたしも、そろそろ前に進まなきゃって思うの」
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