Destination Beside Precious
第7章 5.Illuminate The Darkness
まだ5時過ぎだというのにもう真っ暗な道を凛と汐は歩いていた。
凛は寮の夕食の時間には帰らなくてはいけない。
「凛くんの山場は明日の古典だよー。頑張ってね!」
「今日お前が教えてくれただろ。だから大丈夫だ」
「そういえばさっきの兵部卿宮でいったらさー」
「ん?」
凛は上から汐を見やった。
視線がぶつかると、汐はにやりといたずらな笑顔を浮かべた。
「凛くん、いっちばん最初、あたしのこと〝さかきのみや〟って呼んだよね」
「なっ...!!」
凛と汐の出会いの思い出。
凛が落とした携帯電話を汐が拾った。
その際にメモに残された汐の苗字の読み方がよくわからなくて〝さかきのみや〟と呼んだら携帯を返してもらうときに訂正された。
あれから1回も汐はそれにふれてこないからすっかり忘れたものだと思っていた。
「汐...!あれは忘れろ...!」
「えー忘れるわけないよ。大事な、凛くんとの出会いの思い出だもん」
思い出を大切にしてくれているのは嬉しいが、やはりあれは恥ずかしい。
恥ずかしそうに頬を紅潮させる凛を下から眺めながら汐は幸せそうに微笑んだ。
あんなかたちで出会った汐が、今自分の彼女として...大切な人として隣にいることを、あの時の自分は想像できただろうか。
きっとできなかったと思う。
数々の偶然が重なって今こうして幸せを噛みしめながら汐の手を握っていることに、凛は心のうちで感謝した。
「あ...」
汐は小さな声を上げて空を仰いだ。それにつられて凛も空を見上げる。
思わず立ち止まってしまった。
ふわり一片、白い花が空から舞い降りた。掌に取ろうとして手を差し出しても、手に落ちるなりそれはすぐに姿を消した。
「雪...」
それは今年初めての雪だった。
4月の終わりに出会ったのに、一緒に過ごしていくうちにもう雪の降る季節になった。
時の流れの早さに凛は驚きを隠せなかった。
「ねえ凛くん...」
どうしてだろう、汐の声はひときわ綺麗に切なく聞こえた。
「どうした?」
汐に目を落としても、汐はまっすぐ前を向いたままだった。
かわりに一歩、凛のそばに寄った。
「...好きだよ」
つないだ手がきゅっと握られた。
「...俺も。汐が好きだ」
そういって凛は汐の手を引いて歩き出した。
お互いなにも言わない。
ただ、雪の花の舞う道に二人の影だけが伸びていった。