Destination Beside Precious
第7章 5.Illuminate The Darkness
次の文章に『ねびゆかむさまゆかしき人かなと、目とまり給ふ』ってあるでしょ?源氏は若紫が成長して大人になっていく様を見ていたいって思ったの。これには理由があって、その理由が重要だからだよ」
「それってこの、さるは...みたいな感じか?」
「そうだよ。〝限りなう心を尽くし聞こゆる人〟...藤壺の女御に若紫が似てたの。源氏物語において藤壺の存在はすごく重要だから覚えておいたほうがいいよ。で、なんで似てたかっていうと、若紫って藤壺の兄の兵部卿宮の娘なのね。だから、藤壺の姪にあたるの」
たしか、授業でさらりとやった気がした。少し触れた程度だから恐らく覚えている人はほとんどいないだろう。
範囲が狭い分こういう背景知識の設問も混ぜてくるだろう。
もし出題されてもこれで答えられると凛は思った。
後は敬語の主体や、それが尊敬語なのか謙譲語なのか答えられれば大丈夫だと汐は言っていた。
勉強を始める数時間前より理解が深まったと凛は思う。
それにしても古典に関して汐は教えるのがとても上手いと凛は内心少しだけ舌を巻いた。
こんなに古典ができるのにどうして理系にいるのかさらに謎だ。
「なあ、し...」
「ただいま」
汐に声をかけようとしたところを部屋の外から聞こえてきた声に遮られた。
「あ、夏貴帰ってきた」
どうやら夏貴が帰ってきたらしい。
凛と汐がいるのはリビングだからもうすぐ夏貴もここにくるだろう。
凛は変に身構えてしまう。
「ただいま」
その声とともに扉が開いた。
夏貴の夕陽の瞳が凛を捉える。
いつ見ても汐に似ている、しかし相変わらずの仏頂面だ。こんなによく似てるのに、こんなに似ていない姉弟なんて珍しいと思う。
「誰か来てると思ったら凛さん、あんただったんですね」
少年を思わせるややハイトーンの声は凛を見下ろす。
夏貴の唇は引き結ばれていて他に言葉を発しようとしない。
じろりと凛を見つめてから、気に食わなさそうに目を細めると一瞥をくれて踵を返しリビングを後にした。
「俺夏貴に嫌われてるかもしれねえ...」
夏貴が去ったあと、凛は汐にそう言った。
「あーそれはないよ!安心して!」
明確な理由は言わなかったが、いつか絶対兄弟みたいになれるから大丈夫だよ、と汐は笑う。
今の状況を思えばとてもそうなれる気がしない凛は、曖昧に笑いながら、だといいな、とだけ返した。