Destination Beside Precious
第7章 5.Illuminate The Darkness
「凛くん聞いてる?」
「聞いてるっつの...。ただ、ねみぃ...」
そう残し凛はテーブルに伏せる。
突っ伏してしまった凛の頬をシャープペンシルの頭でつつきながら、汐は凛に声をかける。
期末テスト2日目が終わった午後、凛は汐の家に来て一緒に勉強をしていた。
以前約束した〝汐センセイ〟であった。
明日実施される古典のテストの対策のために凛は汐に古文を教えてもらっていた。
内容は源氏物語の若紫より垣間見。源氏が後に紫の上と呼ばれる女人―若紫と出会う場面だ。
わからない教科ほど眠くなるのは共感できるが、それではいけないと汐は凛の肩を揺する。
「凛くん起きてー。続きからいくよ。...『雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを。とて、いと口惜しと思へり。このゐたる大人』...」
「なあ」
「なに?」
「雀を逃がしたのって犬か?」
「あーここはね、この後に『例の心なしの』ってあるでしょ。〝心なし〟は〝不注意者〟って意味なの。不注意者って動物には使わないよね。だから雀を逃がしたのは人間だよ。犬君ちゃんって覚えるのがいいかも」
授業を聞いていてもよくわからなかった箇所を中心に品詞分解をしながら解説をしてくれた。
古典を理解する近道は単語を知ることと物語を把握することらしく、汐は背景知識を交えながら物語を紐解く。
おかげで最初よりだいぶ要旨がつかめてきたような気がする。
「うーん、理系だからそんなに難しい内容はでないと思うんだけどね」
どこかわからないとこある?と汐は訊く。
凛が返事を濁していると、こう提案してきた。
「尼さんと女房が詠んだ歌の意味は授業でやったと思うからいいけど、若紫の容姿も物語を理解するのに大事だからやっておこうか」
「『面つきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし』までが若紫の容姿を表現する文章ね。で、訳すと『顔つきがたいそう可愛らしくて、眉のあたりがほんのり美しく見え、あどけなく髪を払いのけた額の様子、髪の生え具合がたいそう可愛らしい』になるの。...うん、すごく可愛いって意味だね」
汐の説明をうけて凛はノートにそれを書き足す。
若紫がとても美しいことは分かったが、それがどうして物語上で重要なのかはまだ分からない。
「で、この若紫の見た目がどうして重要なんだ?」