第9章 囁きアドバイザー
しかし、三年生が引退してしまった今、
野球部員はたったの7人だけ。
野球は9人制なので、他のチームと試合をすることも出来ないのだ。
なので帰宅部の一年生を中心に野球部の勧誘をウザがられない程度に、さりげなく行っている。
先輩2人が言っているのはこの勧誘を派手にしてみた、野球部勧誘パレードだ。
『let's go 野球部!』と書かれた看板や旗を持ちながら学校内をひたすらに歩き回る少し恥ずかしいパレード。
それ以降で入部希望をしてきた人はまだいない。
「あ、そうだ。千歳、これ持ってけ。」
そう言うと花田さんは自分が持っていたビニール袋から一本炭酸ジュースを差し出してくれた。
どうやら与作さんが言っていた花田さんの買い出しとは、飲み物の買い出しだったようだ。
「いいんですか?花田さんが買って来た物なのに…。」
「ああ、いいさ。どうせ勉強会用のジュースだ。グダグダ勉強している奴らに飲まれるよりマシだろうからな、ジュースが。」
「あ、ありがとうございます!」
「グダグダ勉強している奴らって…。俺は真剣だけどな。」
「どうだかな。真っ先に集中力切れて、キャッチボールしようって言い出すのは誰だったか。」
「与作さんですか?」
「き…切れるまでは超真剣だからな!」
そうだ。彼らは受験生だった。受験勉強をしないといけない。
自分も来年は三年生だ。毎日勉強をして受験に臨まないといけないと思うと、今からドキドキしてきた。
必ず一前寺高校に合格して、磯崎さんと野球をする。
頑張るしかない…!
「じゃあな、龍也。いろいろ頑張れよ!」
「キャッチボールくらいなら何時でも相手してやるからな!」
「はい!ありがとうございました!受験頑張ってください!!」
2人は俺に背を向けて歩き出した。
背を向けながらも、俺に手を振ってくれる2人は改めてイイ先輩だと実感した。
自分も先輩2人に背を向け、帰宅を再開した。
前方に、直進する横断歩道と左折する横断歩道が見える。
丁度その信号が青に変わり、立ち止まっていた人々が一斉に歩き出した中、1人だけ俯いてたたずんでいる事に気が付いた。
その人物は俯きながらこちらに体を向けてきた。
俺は一瞬でその人物が誰なのか分かった。
とんでもない人物に遭遇してしまった。
直感的にそう思った。