第9章 覚醒
目の前の光景に目を瞬いていたが、徐々に胸の奥から何か悲しい気持ちが沸いて来る。
じわじわと胸に広がって行く感情に、私は首を傾げた。
なんで泣きたいような気持ちが沸いて来るんだろ?
と、部屋に通してくれた奴良リクオ君のお母さん、若菜さんは、口に手を当てコロコロと笑った。
「あら? リクオったら赤ちゃんみたいね。氷麗ちゃん、世話をかけるわー。ほら、リクオ、ちゃんと起きなさい、舞香ちゃんに失礼でしょ?」
若菜さんは、何も頓着せず氷麗ちゃんと一緒に布団の上へ転がっている奴良リクオ君に近付くと、奴良リクオ君を起き上がらせた。
そして、乱れた白い夜着と包帯を整え始める。
奴良リクオ君はバツが悪そうに頭を掻いた。
「ごめん、母さん」
その横で氷麗ちゃんは真っ赤な顔を俯かせている。
私は障子の桟の手前に佇んだまま、止まない胸の痛みに、拳を胸の前でぎゅっと握った。
……、なんで? なんでこんなに悲しくて、胸が痛いんだろ?
その痛みの原因を考えてみる。
と、すぐにその原因が思い浮かんだ。
私、奴良リクオ君の事、吹っ切ってないかも?
氷麗ちゃんと奴良リクオ君がくっつく。これが本来の自然な流れなのに、それを嫌だと思ってる?
バカだなー、私。
私はははっと乾いた笑い声を洩らすと、両頬をペンッとはたいた。
と、奴良リクオ君の驚いたような声が上がる。
「有永さん?」
唖然とした目で私を見る3人。
あれ? 何か変な事やっちゃった?
うー、笑っちゃえ!
私はヘラッと笑い、変な言いわけを口にした。
「すいません。ちょっと気合いを入れてました」
それでも、胸の痛みは小さくならない。
しかし、奴良リクオ君と若菜さんは、私の言葉を素直に受け入れてくれた。