第9章 覚醒
その顔は思い切り焦っている。
それに奴良リクオは平然とした顔で返事をした。
「どうした。黒羽丸」
「はっ! 牛頭丸と馬頭丸が負傷を負い帰還しました! が、意識が無く、今、鴆殿より治療を施されています!」
「何?」
奴良リクオは鋭い視線を黒羽丸という青年に送った。
そして切れ長の眼に険呑な光を宿し、目を細める。
それを呆気にとられながら見ていると、奴良リクオは自分の懐から白い紙袋を取り出し私に向かって差し出した。
「薬だ。取っときな……」
「え?」
なんで薬?
……、あ! そう言えば、私学校で倒れたんだっけ?
もしかして、これ渡す為だけに来てくれた……?
その意外な気遣いに驚く。
驚きに何も言えずにいると、奴良リクオはベッドから降り、葱緑(そうりょく)色の羽織を翻しながら 黒羽丸が居る窓辺に向かった。
「帰るぞ」
「はっ……」
「あ……、待って!」
私は思わず奴良リクオに向かって声を上げていた。
奴良リクオは不思議そうな表情で振り向く。
「え、っと、あの……、薬、ありがと……」
敵でも、わざわざ持ってきてくれたのだ。
お礼の言葉を言わない程、礼儀知らずじゃない。
と、私の言葉を聞いた奴良リクオは、唇の端を持ち上げ、フッと笑った。
「舞香。ゆっくり休むんだぜ……」
そして2人は窓枠の外へと消える。
思わずベッドから降りると、窓枠に駆け寄り、外を見るが、2人の姿はもうどこにも無かった。
暗闇に近隣の家々の明かりが灯っているだけだ。
「奴良リクオ……。敵なのに……」
何故か胸の奥が暖かくなった。