第9章 覚醒
お母さんの敵の孫。
憎い相手。
奴良リクオ。
その相手に私は今、保健室へ向かって姫抱きで運ばれている。
憎いのに。拒絶したいのに、何故か触れてる部分が熱く心地良い。
私はその感覚を払うように小さく頭(かぶり)を振った。
いや、これは気の所為!
私は唇を固く結んだままキッとした表情で顔を上げ、降ろしてと口にしようとしたが、ふとある可能性が脳裏を横切り、半ばまで出かかっていた言葉を飲み込んだ。
学校まで会いに来てくれた犬神。
私はその犬神と話しをする為に、仮病を使った。
今、運ぶことを強く拒むと、どうして?と疑問を持たれ、仮病がバレてしまい、何とも無いなら教室に戻ろうと言う流れになるかもしれない。
それじゃあ、せっかく会いに来てくれた犬神に悪い。
私は奴良リクオの腕の中で、再び俯くと仮病のフリをし続けた。
どのくらい時間が経っただろう?
突然奴良リクオの足がピタッと止まった。
それと共に奴良リクオが唖然とした声で呟く。
「え……、閉まってる……」
閉まってるって事は、保健室の先生が不在だと言う事だ。
と、言う事は、担任の先生に具合が悪い事を申告し、そのまま帰る事も出来るハズ。
「あの、奴良君。私、」
担任の先生に自分で申告しに行く、と言おうとすると、後ろから可愛らしい声が上がった。
「若!? 保健室の前で一体どうなさったんですか!?」
「あ、氷麗」
その声に奴良リクオは私を姫抱きにしたまま、後ろを振り向いた。
声の主は、今朝奴良リクオの仕事を手伝っていた黒髪の少女だった。
確か、及川、さん。しかし、正体は雪女。奴良家の下僕。
こちらに駆け寄って来る少女の情報が、脳内を一瞬に駆け巡る。
と、雪女は奴良リクオの腕の中に居る私を見ると、目を大きく見開いた。
「わ、若! なんで有永、…さんを腕に抱っこしてるんですか!」
「具合が悪いんだから仕方ないじゃないか」
「え? どこか悪いんですか?」
マジマジと見つめられ、私は思わず視線を逸らす。
「顔色は普通のようですけど……」
「え? 本当? 有永さん。もう平気?」
まずいっ!
私は、冷や汗をかきながら、覗き込んで来る奴良リクオに向かって口を開いた。