第9章 覚醒
千羽様の祠に皆で参ると、それぞれ帰途に着く。
赤い夕日がビルの隙間に沈む中、足早に自宅に向かっていると、電柱の陰から少年が現れた。
それは、先週の木曜日の放課後。奴良リクオに遭遇しカナちゃんの意向で仕方なく一緒に帰っていた時に出会った少年だった。
今日も長い舌をダラリと垂らしている。
名前なんだったっけ?
私はズボンのポケットに両手を突っ込んだまま近付いて来る少年を見ながら、自分の記憶を探る。
名乗られた覚えは無い。
でも、何故か近付いて来る少年の名前が、頭の中に浮かんだ。
犬神。
四国妖怪の仲間。
あれ? いつ私この犬神の名前知ったんだっけ?
矛盾する記憶に、眉を顰める。
と、ゆっくりとこちらへ歩み寄って来た犬神は私を見下ろした。
「よう、女。まだ仲良しごっこは続いてんのか? お前もようやるぜよ」
「私は…!」
「人間はすぐ裏切るってのによ」
「……っ、」
それは、反論出来ない。
物語の中の人やドラマの中では、人間同士での騙し騙される場面がたくさんある。
でも……
「でも、普通人間はホイホイと他人を裏切ったりしない!」
「女。言い切れんのか?」
ズイッと顔を近付けられ、思わず腰を後ろに引く。
「言い切れるも何も……」
それが普通、と言葉を続けようとするが、次の言葉を聞き、それは続けられなかった。
「オレは人間どもから身に言われない事で集団リンチに遭ったぜよ」
「しゅ……!」
「その中には、友達もおったぜよ」
私は絶句した。
「玉章から聞いた話しでは、お前の親も奴や人間の所為で住み家を追われたらしいの」
「人間の所為?」
初めて耳にする事柄に、私は目を丸くしながらオウム返しに呟いた。
ぬらりひょんの所為でこの町を追われた事は知っていた。
でも、人間も加担していたなんて!
怒りがフツフツを沸いて来る。
「それなのにお前みたいな力有る獣妖怪が、ぬらりひょんの孫の下についてるなんてどうかしてるぜよ」
「私、下になんてついてない!」
思わず噛みつくように叫ぶと、犬神はぎょっとしたように後ろに下がった。
なんで、私が奴良リクオの下に……。下僕にならなきゃならない!
怒りが胸の中でとぐろを巻く。
私は、唇を噛み締めながら、拳をきつく握り締めた。
そんな私の肩に右手を置きながら、犬神は耳元で囁いた。
「玉章なら力を貸してくれるぜよ」