第8章 カナちゃんの誕生日
「本当にだめっ! それ落書きだから、あげられるようなものじゃないってば!」
「有永サン。嘘は良くないぜ? なんでも良いって言ったよな?」
「いや、てっきりお酒か何かだと思ったの!」
「じゃあ、キスでもしてくれるかい?」
「へ……?」
思わず目を丸くし間近にある夜リクオ君の顔を見上げる。
シャープな顎と薄い唇がすごく近くにあった。
スケッチブックを取り返すことばかりに夢中になり、夜リクオ君の胸板に手を置き、支えにしながら背伸びをしていた。
顔が近い。思い切り近すぎる。
意図せず密着した体勢になっていた。
「ひゃっ!」
恥ずかしくて、慌ててバッと離れる。
顔が熱い。
沸騰しているようだ。
「ご、ごめんなさ……っ!」
夜リクオ君はクッと笑う。
そして「じゃあな」と言い残し、窓枠からひょいっと飛び下りるとそのまま夜の帳の中へ姿を消した。
ううっ、夜リクオ君に思い切り接近してしまった!
す、すごく恥ずかしい!
どうしよう。今夜眠れそうにない。
って、あ。
「私のスケッチブックー!」
返してー!
翌日。寝不足気味の私は欠伸を噛み殺しつつ、通学路を歩いていた。
と、前方に親しい2人の姿を見つけた。
カナちゃんと奴良リクオ君だ。
何か言い合っている。
「だから、あの方と友達なんでしょ? 教えてよ、リクオ君!」
「し、知らないよーっ」
話しの内容は、夜リクオ君についての話題みたいだ。
でも、カナちゃん、元気そう。良かった……
ホッとしていると、右横の電柱の陰から恨めしそうな声が聞こえて来た。
「若……っ! 2人なんて睦まじそうにっ…。家長との間に一体何が……っ!」
それは、浮世絵中の制服を着た氷麗ちゃんだった。
氷麗ちゃんは双眼鏡でカナちゃんと奴良リクオ君を見ながら、ゴゴゴ、と不穏な何かが流出している。
その後ろで人間に化けた厳つい顔の男の子(多分、青田坊さん)が困ったような顔をしながら、頭をボリボリ掻いていた。
えーっと、触らぬ神に祟りなしっ!
私は声をかけない方が無難だと判断し、2人の傍をそーっと通り過ぎると、カナちゃんと奴良リクオ君に声を掛けた。