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Re:思い出

第6章 過去が今に変わる


「随分我慢しましたね。1本貰いますよ」
オーナーは女生徒を振り切ったようで、少し疲れた様子でこの化学準備室に入ってきた。そのまま私の斜め向かいに座り、煙草に火をつける。

「オーナー、私の苗字知ってたんだね。いつも名前で呼ぶからさ」
「何度かそう呼ばれてるの聞いてましたよ。まあ、常連さんですから。
あの状況でアズサちゃんなんて呼んだらどうなるか位僕だって想像できますよ」
「早速囲まれてさ。笑っちゃう」
「まあ、ここは若い教師が少ないですからね」
「体育教師、若くなかったっけ?」
「ああ、でも僕とはジャンル違いでしょう」
「確かに。あれは完全に体育会系だ。私ああいうの苦手」
「はは、僕も苦手なんですけど、一応同僚ってなってるのでこれは内緒です。
で、これ。僕の名前」
彼は実験室独特の防火対策のなされた机に鉛筆で書かれた文字を指した。
そう言えばオーナーの名前知らなかったっけ。丁寧なペン字のお手本みたいな字。

サイトーシノブ

だからさっき サイトー先生 と呼ばれてたのか。
私はオーナーから鉛筆を借り 彼を真似て机に タチバナアズサ と自分の名前書いた。


「知ってますよ。しかし君達は同じことをするんだね」
オーナーは小さく笑って私の横を指差した。言われるまで気付かなかったがそこには、小さく角ばった字で クロサワコーキ と書かれていた。
何故か下線まで引いてある。それに対抗し自分の名前を四角く囲ってみた。

そして先ほど覚えたばかりのオーナーの新しい呼び名を使う。
「サイトーせんせえ? 何かおかしい?」
「はは、サイトー先生ね」
「先生なんでしょ?」
「先生ですね」
やっぱり心地いい彼の声のトーン。
彼の声はあのバーに似合うと思っていたが人前で話す教師という仕事も似合うのではないだろうか。
でもやっぱり、何だか「先生」ってのは私の中ではしっくり来なかった。

「アズサちゃん。もう授業はじまるでしょ?」
「やば。もうそんな時間?」
「学校は時間に厳しい場所ですからね」
「ですね。じゃあ、また来ます」
「いつでもどうぞ」

私は吸いきらなかった煙草を灰皿に押し付けて化学準備室を後にした。
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