第6章 過去が今に変わる
「あれ? 今朝の子、だよね」
一番に声を発したのは佐伯くん。
私の手は佐伯くんの肩の上のまま。クロサワはむっとした表情でこちらを見たのは一瞬だった。
「お騒がせしました。何か俺の勘違いで 彼女さん に迷惑かけちゃったみたいですね」
クロサワは私と彼がそんな関係ではないのを知りながら佐伯君にそう言ってのけた。
妙に 彼女を強調した言い方。彼は慌てて否定したが、私はそれを眺めるだけだった。
放課後二人きりでいるからそうなのかと勘違いしたなんて白々しいことを言うクロサワ。
二人の会話を聞き流しながら、私は帰る準備を始めた。
名前紳士に用事を聞かれるともう一度私に鞄を取り違えたことを謝りに来たと言う。
多分、オーナーに私が化学準備室に寄らないことを聞き様子を見に来たのだろう。
「タチバナ先輩、スミマセンでした。俺、事務局に呼ばれてるので失礼します」
クロサワはご丁寧な挨拶をし教室から出てていった。
事務局の前で待ち合わせってことか。
「タチバナさんが俺の彼女なわけないのにね」
名前紳士は笑った顔が少し赤くなってた。
彼は私を意識したのだろうか。ちょろいな高校生。
とりあえず、今日はこのあたりにしておこう。
まだ、明日も、明後日も、チャンスはいつだってあるはずだ。
何か話したそうな彼に気付かない振りをして私は鞄を持って教室のドアに向かう。
「じゃあ私、帰る。また明日」
「え? ああ、気をつけてね。また明日」
軽く手を振ると彼は手を振り返してくれた。
とりあえずの最初の、ターゲットを名前紳士こと佐伯くんに決定した瞬間だった。