第6章 過去が今に変わる
と思ったのに。さっき褒めたのに。
今私は痛くてたまらない横腹を押さえ走っている。もう駄目、死ぬわ。
いくら高校生に戻ったと言えど 運動嫌いの私にとって徒歩10分の距離をダッシュするのはキツイ。キツすぎる。
「先輩。正門閉まりますよー」
余裕そうなクロサワに殺意が湧いた。遠くでこちらに振り向いて笑っている。
遅刻のひとつやふたつ構わないのに、やっぱクロサワは根が真面目なのだろうか。
急かす彼を横に正門に着いたのは始業の5分前だった。
「おはよう。もっと早く来いよー」
そこには生徒指導の教員が立っている。確か体育担当の教官だったはず。
本来の私と年齢が変わらないか、もしかすると年下なのかもしれない。
私はどうも体育会系というものが苦手だ。この声と身体と態度が馬鹿でかい体育教師もその中に含まれる。
私は出来るだけそれからの接触を避けるため、クロサワを間に置いて彼から通り過ぎた。
おはようございます、と形ばかりの挨拶をすると横にいたはずのクロサワが消えていた。
振り向くとその体育教師に腕を掴まれていた。
「そこの男子。ちゃんと上着着ろよ。あれ、お前煙草の臭いしないか?」
「え?俺?…… ああ、家に酷いヘビースモーカーが居るんです」
クロサワは露骨に嫌そうな顔をして教師の腕を引き剥がす。
ヘビースモーカーって絶対私のことだよね。まあ、否定はしない。
「クロサワ君。制服ちゃんと着ようね」
私は彼が制服を着れるようにと、彼の持った荷物を全て奪い取った。さっきの走らせた仕返しとばかりに笑顔で顔を覗き込んでやる。
彼は顔を少し赤くして学ランに袖を通した。嫌がってた割には似合ってる。
似合ってる? 多分そうじゃない。
3年の時ずっと見てたんだ。似合ってる、似合ってないじゃなくて、見慣れてるんだ。
クロサワは小さく舌打ちして革鞄と紙袋をひとつずつ私から取り上げ歩き出した。私はそれを追って慌てて着いて行く。