第6章 過去が今に変わる
もこもこを見ていると、再びクロサワが私に言う。
「ねえ、先輩。加減着替えれば!?」
先ほどよりも少し大きな声。彼の顔を見ると、少し苛立ち?だけどきつく言えない。まあ、そんな表情。
私は其のままその言葉を無視し、視線をまた彼の手元に落とした。しかしもうお湯は注がれないようだった。
「聞こえてない振りしないで下さいよ」
珈琲を入れ終わったのか使った道具を軽く水で濯ぎながら私を見る。
気付かない振りをした。私は何も聞こえていない。彼は諦めたのだろう、大きなため息を付いた後、珈琲の入ったカップを持ってリビングへ向かった。
私もそれについていく。特について行く理由はないけれど、一応会話の途中だし。聞いてない振りしてるけど。
ソファに深く腰掛けたクロサワの隣に座った。
「先輩。俺だって、嫌だけど着てますよ?」
「...学ラン着てないくせに」
多分相当着たくないんだろう。昨日買った鞄の上に雑に置いてある。
だから私は嫌な事を言ってやった。どうだ、嫌な気分だろう。私はそんな気分でお前の言葉を聞いていたんだ。
リビングの隅に畳んで置かれている忌々しい女子制服を少しだけ見て、隣へと視線を戻す。
そこでは煙草に火をつけているクロサワが携帯電話を見ながら鼻唄を歌ってた。
私の視線に気付いたのか、偶然か、彼がこちらを見ている。
数秒か? お互い目線を外さないまま時間が過ぎた。
「俺の顔見てるのはいいんですけど、煙草の時間なくなりますよ?」
私は彼の顔から壁掛け時計へ目を向けた。見れば始業の30分前。高校までは歩いて10分。
久々の、と言うか忘れた程過去に行った以来の場所だから5分前には着きたい。
そうなると時間がない。仕方ない。着るしかないか。
「っし。着替えるか!」
私は少し大きな声で気合を入れてソファから立ち上がった。リビングの隅で、Tシャツを脱いでキャミソールを着る。その上にブラウス。そしてネクタイを締めて紺色のジャケット。
「別にここで着替えなくてもいいのに。
それともさっきの下着姿見て欲しかったんですか?」
私の家だからそんなもの関係ない。その上お前は一度私を脱がせただろう。それなのにバカみたいなこと言ったから彼をキッと睨んだ。