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Re:思い出

第6章 過去が今に変わる


「本当に行くの?」
手動のコーヒーミルで珈琲豆を挽くクロサワにそう訊ねると彼は首をかしげた。
キッチンに立っている彼は昨日の買い物に行くときの服装と同じ、私のカーディガンを羽織り制服姿。
そして当たり前、そう言いたそうな顔。彼は完全にこの状況を楽しもうとしている。
私は確かに昨日そう思っていたはずなのにとても憂鬱な気分なのだ。

ヤカンが沸騰したのか、高い音を鳴らしている。とても耳障りだ。
クロサワを睨むと彼は軽い足取りでキッチンの奥へ。そしてドリップポットにお湯を移しかえていた。

「先輩。いい加減着替えれば?」

着替えれば? まあ、その通りだ。私は彼が言うとおりまだ着替えていない。スウェットにTシャツ姿。
朝御飯は食べたし顔も洗ったし歯も磨いた。化粧だって済んだ。ついでに髪もセット済み。

それなのにこれは抵抗がある。私を憂鬱にさせるもの。
リビングの隅に畳んで置かれているスカート。ただのスカートなら昨日も穿いてたけど今日は違う。
紺のプリーツスカート。またの名を制服。
そう、抵抗がある。なんだか、とても神聖なものな気がする。私がこれを着てはいけないと思った。いや、これは単なるいいわけに過ぎないのかもしれないけれど。


妙に機嫌のいいクロサワは、私が名前を書いてやったマグカップの上にドリッパーを乗せる。くるくると慣れた手つきでお湯を注ぐと豆がモコモコと膨らんでゆく。
私は着替えろと言う言葉に対して聞こえない振りをしながらもこの珈琲を入れる行為に少し興味がわいたので彼の隣に並んでみる。なんか、よく分からないけど[珈琲のいい香り]と呼ばれる匂いがより一層広がった。

カフェの匂い。
特に好きなわけじゃないけど座って煙草を吸うには持って来いの場所だから馴染みの匂いだ。
嫌な匂いじゃない。
だけど、今知った。一杯分なのに結構きつい匂いさせるんだって。

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