第5章 したかったこと side M
通学鞄。
タチバナさんが学生時代にしたかったこと
『揃いのものを持ち歩く』それを思い出した。
これじゃないあれじゃないと悩む彼女の姿を見ながら俺は自分の高校時代の友人達の鞄の形を必死に思い出していた。
出来るだけ、それらとかぶらないもの。
結構単純なことだった。本革の抱え鞄。
学生らしいその鞄は重く物があまり入らないので意外と使い勝手が悪い。
故にこれを使っている人は思いつく限りは居なかった。
都合よく学校とタチバナさんのマンションの距離は目と鼻の先。
通学時間が短ければこの重い鞄、彼女にとってもそんな苦ではないはずだ。
優柔不断のタチバナさんがこの数分で鞄を決めるわけもなく、まだ悩んでいた。
自分の欲しい鞄は決まったので、彼女の鞄として同じものを2つ買うと伝える。
彼女はそれに納得して、レジに向かう俺の後ろをふらふらとついてきた。
遠くから見ていたときからよく思っていたけど彼女は真っ直ぐ歩くということが少し苦手なようだ。
右に行ったり左に行ったり自由に歩いている。
一度、部活帰りで遅くなったときタチバナさんの後ろを歩いて下校したことがあった。
部活もやってない彼女が何故そんな遅くに帰っていたのかは分からないが、そんなことがあったのだ。
駅に向かう途中でふらーっとして駐車していた車にぶつかりそうになっていた。
止まっていたからいいものの、これが走っている車だったら彼女はどうなっていたのだろう。
そんなことを思い出した。
ふとレジカウンターの隅にあるキーホルダー。胸にハートが描かれた小さな猫が笑っているリフレクター。
それが彼女に見えた。ちょっと、何考えてるかわかんないけど、大事なものはちゃんと抱えてる姿。
黒と赤、黄色と白。
タチバナさんに好きな色を聞いたら黒と答えた。
でも、それは好きな色ではなく今彼女の目に入った小さなボストンバッグの色だろう。
このキーホルダーの黒と、彼女に似合いそうな赤、2つを一緒に買うことにした。
鞄を別々の袋に入れるか聞かれ、一緒にしてもらうように伝えると大きめの袋に鞄二つと小さなキーホルダーが仕舞い込まれた。