第5章 したかったこと side M
きっと靴を選ぶのにも時間が掛かるだろうから勝手ではあるものの此方で選ぶことを伝えた。
昨日、オーナーさんから預かった自分のローファーを玄関に運び、彼女の靴を選ぶために靴箱を開ける。
ほぼスーツ似合わせていそうな真っ黒な革靴だった。ヒール高さは殆どない、地味な靴。他には履き潰されたスニーカーと中性的なブーツが数足。そのずっと奥に、履かれてなさそうな明るめの色のアンクルストラップがついたパンプスが端に追いやられていた。その上に封が開いてない靴のメンテナンスキット。
俺は迷うことなくその追いやられていた靴を選んだ。彼女の服選びはまだまだ時間は掛かるだろう。
似た形ばかりの革靴と先ほどまで隅に追いやられていたメンテナンスキットを取り出し靴箱の扉を閉めた。
多分この靴たちは結構いいものだとは思うが如何せん状態が悪い。
今日履いてもらうだろう靴が汚れないように隅に移動させ使った形跡がない馬毛のブラシを手に取った。
メンテナンスは自分の靴とそう変わらないだろうから暇潰しにそれを始める。
比較的まだマシだった数足を並べて丁寧に汚れを落としクリームを塗り磨きあげていく。
他人の靴見て何が楽しいかと聞かれれば何も楽しくはない。
ただこのままだとこの靴たちは人生を全うしないまま棄てられる気がした。
それが、なんとなく寂しかったんだと思う。
最後の1足を磨き終わった。丁度そのとき、タチバナさんは化粧を終え、玄関にやってきた。
「捨てようとしたけど案外綺麗になるんだ」
そう言って自身が履き潰しそうにさせてた靴を見ていた。やっぱり捨てるつもりだったらしい。
メンテナンスすればいいことをつたえると面倒だと顔を歪ませた。
「新しい靴みたいでラッキー」
生まれ変わった靴をしまっていくタチバナさん。
化粧したら雰囲気が少し大人の彼女に近づいていた。でも、このガサツというか乱暴でありながらも可愛い、この感じは変わらないままだった。
大人でも小さな少女なったとしても変わらないまま愛らしかった。
指先に付いた黒い靴クリームを洗面所で落としているとタチバナさんがまだかと声をかけてきた。
あれだけ人を待たせておいてそんなこと言えるのはタチバナアズサ、彼女くらいであろう。