第5章 したかったこと side M
その頃、リビングではタチバナさんがフリーマーケットをしていた。
正確にはフリーマーケットではないがフリーマーケットと呼ばざるを得ない光景。
ところ狭しと並べられた服の中からひとつだけ、気になった服が目に付いた。
赤いオーブの付いた紺色のカーディガン。似たようなものは数着あったが、俺はをそれ取り上げ袖を通してみた。
レディースではあるもののタチバナさんはゆったりと着ていたのだろう今の俺でも少し大きめ。
「タチバナ先輩。これ貸してください」
「着てから言われても困るんだけど。あ、煙草で穴開けないでよ」
意外とすんなりその服は俺の服になった。彼女は今日限りだと思っているのだろうが俺はこれを着ようと思う。
なんだか、凄く気に入ったのだ。
煙草の穴はどうだろうね。空けたら新しいの買えばいいのにと思ったが口には出さなかった。
服を踏まないようにつま先立ちでソファに向かう。そこで一服。手持ち無沙汰で取り出した携帯電話。
一生懸命服を選ぶ様子が可愛らしいタチバナさんにそのカメラレンズを向けた。
画質の悪い携帯電話の中に彼女を納めることと、教室から見下ろした中庭にいる彼女を見つけたことの気持ちがどことなく似ている。
古臭い味気のないシャッター音に気付かないタチバナさんは服を選び出してから随分と時間が経っているのに気がついている様子はない。
並べられた服の中から今の幼くなってしまった彼女に合いそうなコーディネートを提案すると素直に従ってくれた。