第1章 ここから始まった
「どの部屋いけばいいっすか?」
「とりあえず、リビングで煙草を吸いたい」
夜風に当たったのもあって、少しずつ酔いは覚めていっているのが分かった。
リビングのソファに下ろされ、私はそのままずるずると床に降りた。
ソファを背もたれに目の前のローテーブルの灰皿を近くに置いてそこにあるライターで煙草に火をつける。
「俺もいいですか?」
そういうクロサワにキッチンにあるグラス2個に冷蔵庫の氷入れて持ってきたらいいと伝えた。
酔っ払って動きたくないのもあったけど、これは相手が何処まで自分を許しているか試すのもあった。
「初対面相手にそこまでさせます?」
そう言いながらもクロサワはキッチンへ向かっていった。
これはいけるかもしれない。
まあ、自宅に来た時点で十中八九いけるだろうけど。
クロサワがキッチンでごちゃごちゃしてる。
私は咥え煙草でソファの横にある段ボール箱からトニックウォーターを取り出した。
「はい、氷。じゃ、俺も吸いますから」
煙草を咥えたクロサワは私の横に座り、こっちを見ている。
「火ィ、くださいよ」
彼は両手で私の頭を固定させて自分の煙草の先を私の煙草に合わせた。
妙に熱い視線。
私はその視線を避けるため目を閉じた。
「なんて顔してるんですか、そういうのキス顔っつうんでしょ?」
私は聞こえない振りをしてトニックウォーターの缶を目の前のローテーブルに並べる。
クロサワは静かに煙草を吸っている。
行き場のない紫煙が天井付近でゆらゆらと揺れていた。
缶と缶を積んでみたり、転がしてみたり、そんなツマラナイ遊びを少しした。
クロサワはそれを見ていた、多分。
妙に視線を感じたから、多分、見ていた。確認していないから分からないけれど。
「あ、ジントニックでいい? ライムないけど」
気のきいた言葉は出なかった。
そういえば喉渇いたから飲もうと思っただけ。
一応お客様だから彼にも勧めただけ。
さあ、この無言空間を私は壊してやったのだ。
どう来る?
「あのさ、今更薄めたの飲んだって意味ないんじゃないかな?」
私とクロサワの中で先ほどの微妙な空気はなかったことになった。