第1章 ここから始まった
「いやー、すみません。タチバナさん」
「此方こそ。あ、其処の道右です」
今、帰路についている。
いや、そういう表現でいいのかどうかは謎だ。
この初対面の男に背負われ、道案内をしていると言ったほうが正しい。
終電時間を忘れ飲み続けていたのだった。
連日の午前様の影響もあり私は酔い潰れ、オーナーの粋な計らい(後でぶっ潰す)により、
クロサワはうちに泊まることになってしまっていた。
もちろん彼には私を送り届ける使命を優先に伝え、遠慮していたのを無理やり引き受けさせていた。
私の手にはオーナーから追加に貰ったジンのボトル。
ふわふわと揺れる、すこし温かい背中の上が心地よくて眠りそうになる。
「ここどっちですか?」
「そこのマンション」
背中に身を任せたままポケットから鍵を出してクロサワに部屋番号を伝えた。
2LDKの私の部屋は一人暮らしには広すぎることは分かっている。
もともと掃除が嫌いなので極力物を置かない。
リビングダイニングには大きなソファとローテーブル。料理も嫌いなのでキッチンも綺麗なまま。
例の研究の理由もあり、いつでも人をあげれる状態にしてある。
クロサワは小さな声で御邪魔します、と呟き、私を背負ったまま靴を脱ぎ鞄を廊下の隅に置いた。