第6章 過去が今に変わる
5限は滞りなく終わり、再び化学準備室にいくとオーナーがひとり本を読んでいた。
「クロサワ君機嫌悪かったね」
彼は私の気配に気づき本を閉じこちらを見上げた。
「クロサワはたまに餓鬼っぽいんですよ」
数日しか一緒にいないけど思った通りのことをオーナーに伝えた。
携帯電話を見てはしゃいだり、注目浴びて顔赤くしたり。
話ついてこれないくらいであんな拗ねるなんてまるで子供だ。
たまにクールに見えるときもあるけれどそれは私の勘違いなのかもしれない。
その時間クロサワが来ることはなかった。
オーナーに放課後寄らずにそのまま帰ることを告げ化学準備室を後にした。
6限も適当に板書だけして過ごした。一日で大分この環境に慣れてきた気がする。
帰りのSHRで教室を見渡す余裕も出てきたものだからキョロキョロとしていると、転居届を出してないことを担任に指摘された。
それが終わるとクラスメイト達はばらばらと帰っていったり部活に向かったりする。
他のクラスに比べて私のいたクラスは教室に残ってお喋りをしたりする生徒が少なかった。
多分、私の記憶が正しければいなかったような気もする。
私はユーカが部活にいくのを見送り、転居届を机に広げた。
安っぽい紙に引っかかるシャーペンの芯。この感覚が懐かしい。
転居届けを半分書いたところで教室を見渡すと例の名前紳士がひとりだけだった。
今この教室には私と彼の二人だけ。
6限に書かれた黒板を消している彼の名前が黒板の隅に書かれていた。
『日直:佐伯』
彼はチョークの粉がぱらぱら落ちて黒の制服に落ちたのを手で払ってその白を広げている。
見すぎていたのだろう彼は振り返り私を見た。
「タチバナさん。どうかした?」
あんないっぱい、切ない、色っぽい声でアズサって呼んだくせにタチバナさんだって。笑える。
まあ彼はまだ私をアズサなんて呼んでないからタチバナさんでいいんだけど。