第1章 ここから始まった
「これ、同じものと、 灰皿 頂けますか」
もう一人の客人の声にオーナーの口の端が微かに上がったのを見逃さなかった。
そして、オーナーは首で 向こうに行け と促す。
「仕方ない。話の種、いっこつくってやる」
向こうに座る彼に聞こえないように小声でそう呟いて私は席を立った。
バーに客が2人、1人が動けば誰だってもう1人を見るだろう。
私は彼の視線を浴びながら煙草を手に取り隣の席に座った。
「急にごめんなさい。ライター忘れてしまって」
近くで見てもやはりこの人は整った顔をしていた。
いや、正直に言おう。
遠くから見たときはよく分からなかったけどこれはかなりのイケメンというやつだ。
ターゲットなんていったけど私じゃ無理かな、なんて思った。
そのくらい容姿端麗。
「これでい?」
彼が差し出したのはライターでもジッポでもマッチでもなく自身の咥えた煙草。
シガーキス。いくら今から狙おうと思ってた相手でも私は少し戸惑った。
「あ、ありがと」
照れくさくなって煙草の先だけを集中して見つめた。
火がついた瞬間ほっとして彼を見たら真っ直ぐにこっちを見る瞳がそこにあった。
彼の瞳の中に居る自分と目が合いそうになるくらい。
「あーアズサちゃん、エロいんだー」
オーナーのマヌケな声に身体がビクッとなってしまった。
それを見た隣に座る彼が鼻で笑う。
いつもの調子が出ない。そんな気がした。
「僕の店でキスとかやめてよね」
灰皿とグラスを持ったオーナーがニヤニヤしている。
「してないって。してない。してない。まだしてない」
私の言葉に「まだって何ですか」と、容姿端麗の彼は笑った。