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ナイショ生活

第1章 日常へのちょっとした変化


転がってきたボールが足元に落ち着いた頃にそっと拾って前を向くと、その持ち主であろう男の子がこちらに駆け寄ってきた。


「はい、どうぞ」


私はベンチから立ち上がって、男の子の目線に合わせるようにしゃがんだ。ボールを手渡すと小さな声だけどしっかり、ありがとう、という声が聞こえた。

ボールが手元に戻ったはずなのに、その子は一向に私の前から動こうとしない。どうしたんだろう、と周りを見渡してみると、さっきと比べて何となく子ども達の数が減っているような気がした。


「ねぇ君、お友達は?帰っちゃったの?」


そう聞くと、彼は小さく頷いた。両手で持っているボールをギュッと握りしめ、やっぱりここから動こうとしない。


「そっかぁ。お家の人は?」

「・・・あとでむかえにくる、っていってた」


後でって、一体どれくらいなんだろう。見渡す限り子ども達はほんの数人で、そのお母さんであろう人達が固まって話していた。知り合いではないのかと目の前の男の子に確認すると、彼はふるふると首を横に振る。・・・ということは、この子は本当に今ひとり。

このままこの子を1人にすることは出来ないし、だからと言って馴れ馴れしくするのは不審者だと疑われないか、この男の子から怖がられないかとか、色々なことをこの一瞬の内に考えていた。そんなことを簡単に打ち消したのは、彼の大きなお腹の音。


「・・・お腹すいてるの?」

「・・・・・・」

「もしかして、お昼ご飯まだ食べてない?」


聞くのが可哀想になるくらいに顔を真っ赤にして俯いてしまった男の子に、私はある物をカバンから取り出して見せる。


「たまごのふりかけ、好き?」


今日の弁当の内の一つとして持ってきていた、たまごのふりかけを混ぜて握ったおにぎり。恥ずかしいので、母が作っているということはここでは伏せておこう。

弁当箱に押し潰されてしまったのをラップの上から握り直し、形を整えて彼に差し出す。そのおにぎりを見つめて遠慮がちに頷く彼を隣に座らせると、抱えていたボールを取り上げてからウェットシートですかさずその手を拭いてあげ、驚いて私を見つめる彼の手におにぎりを握らせた。


「・・・いいの?」

「うん、どうぞ。お口に合うかわからないけど」


すると彼はいただきます、と小さく言い、おにぎりをしっかり握りしめて食べ始めた。
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